「僕は僕なんだから」ができるまで(対談)④
この動画は今はもう成人となった自閉症のお子さんを育ててこられたお母さんが、発達障がいのお子さんを今育てられているお母さんたちの集まりで、ご自分の経験を語られたことがきっかけで作られました。そして自分の経験がほかの皆さんのお役に立つのなら、というお母さんの思いがこの動画に込められています。元は実際の写真を使った動画でしたが、プライバシーなどに配慮し、イラストで作り直したのが現在の動画「僕は僕なんだから」です。
そのお母さんと、お母さんと共にお子さんを支援してこられたスタッフの方に、この動画のもとになった写真版の動画ができるまでを語り合っていただきました。
■いてくれるだけで幸せになれる存在
Y:何ができるとか、そういうことではなくて、この人がいてくれるだけでなんか幸せな気分になれる。そういう雰囲気を持っているお子さんなんですよね。そこがS君の魅力だなって思う。そして、お母さんのことをすごく大切だと思っている。それは、お母さんがひとえにS君にずっとそうしてきたことなんですよね。お母さんがAJ(アクセスジョブ)で働くことが決まったとき、「ここに(AJに)働くようになって頑張るんだよ」ってS君からメッセージをもらったと聞いたときに、自分がしてきてもらったことをお母さんにしているんだなーって思いました。
そして、S君がAJに来てくれて、私に「お母さんをよろしくお願いします」って言ってくれた。いや、もうあのとき、私は、感動してしまって、私も「はいって」言って(笑)。「お母さんと一緒に頑張りますね」って言って(笑)。
■つらい思いも一緒に乗り越えて成長する
K:あと緩やかに成長していく、そういう部分を肯定的に捉えて欲しいですね。そこが彼らたちの特徴、彼らの持っているもの。急にはやっぱり成長しないと思うんですよね。ときにはできていたことが本当にできなくなるときもあるし。それに伴い落ち込むこともあるけれど、でも、だからといってマイナスだけでは絶対ないから。信じて待つことです。
Y:あとは、いろんな人に出会うって大切ですね。親だけでもダメだし、優しい人だけでもダメだし、そういういろんな人との出会いで、辛い思いもするけれど、そこを一緒に乗り越えて頑張ったねって、支えてくれる人たちが必ずいるから。
K:はい、まさに!そうですね!
Y:いろいろな経験で、成長していくんだな~と、実感しますよね。
■自分の気持ちに素直でいることで、息子が私を理解する
K:そして親も支えてくれる人がいないとダメです。子どもだけではなく親もやっぱり支えてもらわないと折れそうになりますね。なので支えてもらうには自分が勇気を出して開示しないと、ある程度自分の弱み強みを自分から発信していかないと難しいのかなって思いますね。一番は素直でいること。自分らしくいるっていうのは、自分の気持ちに素直でいることだと思うので、お母さん自身もね、苦しいときは苦しいっていう素直な部分も人に見せていいんじゃないかなって私は思うし、私も実際息子に「お母さん今苦しいよ」っていうのを正直に言っていた時期も実際あるので。
そういう喜怒哀楽も見てきたからこそ、感情が読みにくい子どもでも、「お母さんはもしかしたら今こういう気持ちなのかな」って彼なりに分かろうとしている。私が息子を分かろうとしているだけじゃなくて、息子も私を分かろうとしてくれている。だからその気持ちだけで私はもう十分だと、すごく幸せに思っています。日常生活のちょっとした言葉のかけ合いだったり、周りともそうですね。やっぱり気持ちの交流が今に至っているのかな。
■お母さん笑顔でいて
Y:S君の言葉の中で「僕は僕なんだから」っていうあの言葉って、彼がどういう意味で言ったのかというのは、本当のところは分からないけれど、多分、あの時期、お母さんが本当に笑顔が無くて、「お母さんの辛さを彼は何となく感じていたんじゃないのかな」って思っていて。だから、お母さんに「僕は僕でいいんだよ」っていうことを、自分の思いを伝えるよりも「お母さんを楽にさせてあげたい」と言う、そういう思いも彼の中にあったのかな、って思っています。だから「お母さんそんなに悲しまないで」、「お母さんもっと笑顔でいて」という気持ちだったのではないかな・・・。
K:うんそうかもしれない。
Y:「僕は僕でいいんだよ」って。
K:あのとき、何回も言ったんですよね。
Y:私は、なんかそういう気がして。まあS君に聞かなければ分からないけれども。
K:本人覚えてないと思いますよ。うん、そうですね。
Y:Kさんから、後になってから聞いた話・・・。コジマ電気のニコニコマークの話のこと。
K:お母さんのにっこりマークのコジマ電気のときね?
Y:コジマ電気のマークが、元はニコニコマークだったんだよね。「このマークはお母さんのマークだよね」って言ってたんですよね。
K:「ママのマークね」って。
■僕はゆっくりゆっくりでいいんだよ
Y:そのときKさんは、笑顔がなくなっていて、一生懸命何とかして学校の勉強を教えようとしていた・・・。
K:学習がどんどん遅れてきている、3年生あたりで、協力学級で何度か一緒に学習していたので、息子も「僕だけ違うのをやっている」と感じていたようで…。私自身も本人が気にすると思っていたから、一生懸命お勉強を教えていたんですね。少しでもその差を埋めようと必死に。本人もそれに応えようと、算数の勉強を頑張っていたその時期で。
で、あるときお風呂で「みんなは教科書の下をやっているけれど僕は上やっているんだよ」って私に言ってきて…。私も一瞬言葉に詰まり、「何て言ってあげよう?」って思ったときに、息子が「僕は僕なんだから」って呟いたんですよ。それで「ハッ」と、胸がしめつけられる思いに。
とっさに「一生懸命頑張ればみんなに追いつくかもしれないからやってみようか」というような語りかけをしたときに、「僕はゆっくりゆっくりだから、ゆっくりゆっくりでいいんだよ」と、言ってきて…。「そうだね。Sはゆっくりゆっくりでいいんだよ」っていう風に私が語りかけたら、「僕は僕でいいんだよ」と、言ってくれたんですよね。なのでYさんが今言ってくださったように、もしかしたら私の胸の内を息子なりに感じて言ってくれた言葉なのかな。私が言葉に詰まってフォローしようとしたときに、本人が「僕は僕なんだから」って言ってくれたので、もしかしたら私への優しさなのかもしれないですね。
■宝物のことば
Y:ちょうど、その時期、東京に会いに来てくれたんですよね。そのときに、お母さんが笑ってる写真を指差していたことがあったね。あのときは、お母さんの笑顔があまりなくなったので、S君がお母さんが笑ってる写真を持ち歩いてて、指差ししていたよね。
K:うん。ですよね。みんながお勉強が急激に進んで行く年代に差し掛かっていたので、けっこう必死だったんですよね。でもその出来事で「あーもうやめよう」って、「追いつこうとかそういう気持ちでこの子に勉強させるのはやめよう」って。
そこからはもう本当に覚悟が決まった感じで。それからは「この子のペースで行こう」と周りを気にせず自然体でした。
「僕は僕なんだから」、「ゆっくりゆっくりだから」って、うん。本当に宝物の言葉になりましたね。
■自分で困難を乗り越える言葉
K:私は自分の中で思っているだけだったんですけれど、山本先生に評価していただけたことで、なんだか自分にとってすごく大切な言葉になりましたね。自分にとってはその言葉で本人を見る目も変わったし、自分の中ではすごく大事なきっかけになった言葉だったんですけれど、まさかそれが何かみなさんの気持ちにも届くとは思ってもみなかったので。
Y:「僕は、僕なんだから」の言葉は、子どものペースに大人が気づいて、子どもをちゃんと見つめなきゃって感じる言葉なんじゃないかなって、すごく思いますね。
K:さっきも少し触れたんですけれど、息子自身も自分で自分を励ます言葉でもあるのかなって。それがあるとちょっとした困難なときも乗り越えられるのかなと。
誰かに何かをしてもらうのではなく、自分でそこを乗り越える強さが自分の中にあれば、頼もしいですね。
■自分が自分でいられること、楽しむこと
Y:なんか、「誰かに合わせなければいけない」とか、「やれるようにならなきゃいけない」とか、そういうときって苦しいですよね。だから、S君が、「お母さん楽になってよ、母さんもっと笑顔になって」っていう彼のそういう思いが、すごく伝わってくる気がする。
K:はい(笑)それからはすべてにおいて「楽しく行こう」っていう風になりました。
山本:はつけんラボの第1回目の特集号のタイトルは「僕は僕なんだから」っていうんです。
Y:ライブに行ってるときのS君の楽しそうな顔ですよね!
K:そうそうそう!
Y:お母さんもそうだよね!
K:ライブは「私が楽しんでいる姿を息子に見せたい」気持ちもあったんですよね。「楽しむってこういうことだよ」って、実際に体感し、一緒に楽しむ雰囲気を感じとってほしかった。
■いじめを越える世界
K:小学校のあのいじめの中にいる、その狭い世界だけがSの世界じゃないよ、と、どうしても私は伝えたくて。それでライブを選んだんです。武道館に行くと、「こんな大人数の中にSも混じっているんだよ」、「学校のその辛い世界っていうのは、ちっぽけなもんだよ」って。そういうのを何かで息子に示したくて。
それで聴覚過敏があったとしても、大好きな音楽を生で本人に体感させたく、行動を起こしました。逆にもし、学校内で満たされていれば、そういう冒険には至っていなかったかも。息子が笑顔でいれる居場所をつくること、未来は明るいという希望を持たせることも私の役目かな、と思っていました。
■今の世界を飛び出す
K:なんだかんだ言って、自分が騒ぎたいからっていうのもあるんですけれど(笑)、あの大人数の中で息子がともに楽しんでいることに、私自身が救われたんですよ。自分が足を伸ばせば、障がいの有無関係なくみんなと一体感を感じることができる。
限られた条件を課しているのは大人の方で、子どもが興味関心を持つものの中から勇気を出して行動を起こせば、意外と楽しめる空間はたくさんあるんだよ、と、同じ障がいを持つお母さん方に何かで発信したいと思っていました。
実際、仲間内では「うち(家)こんなのに行ってみたんだよね」って、「嘘!うちも行ってみようかなー」という感じで、お互い刺激し合い、どんどん行動を広げる輪が広がっていったんですよね。
例えば、「じゃあうちは他の県の水族館に行ってみようかな」とか。「踏切好きだから他県の踏切を見せに行く」など。今、目の前に映る世界だけが自分のすべてじゃないよっていうのもお母さん方に伝えていきたいですね。まずはお母さんが楽しまないと!
Y:Kさんが言う「外の世界にもっと目を向ける」って大切ですよね。「お母さんも、もっと自由になっていいんじゃない」って思います!!
<⑤につづく>
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