【1つの支援-3つの視点】② 発達障がい者の姿
~世の判断を疑う瞬間~(大内雅登)
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ある日、保護者様から学習支援の依頼を受けました。中学生の女の子で、数学や社会で困っているとのことです。塾講師の経験がある私にとって学習支援はやっていて楽しい支援のひとつです。ただ、お子さんや指導員にとっては、そうとも限らない様子です。
勉強に苦手意識をもっているお子さんは、自分自身が「分かる」とか「できる」ようになるイメージが持てずに、勉強を嫌がることがあります。ただでさえわかんないのに、なんで事業所まで来て勉強なんてやんなきゃいけないの!といったところでしょうか。
また、支援者にしても勉強を教えたいなら塾にでも就職するわけですからね。そもそもやりたいことと学習支援が重なりにくいことがあるようです。
そんなわけでして、その中学生が来る時間に別のお子さんの支援が入っている大内としては悩みました。その時間が空いているほかの支援員にどうお願いしようかなぁ、と。その時間空いていたのは、北村指導員と田窪指導員。
北村指導員は、学習支援の経験は多く、きっと頼めば引き受けてくれます。ただ、少し説明が分かりにくいとそのご家庭からご意見をいただいたことがあります。お子さんひとりひとりに合った説明のしかたはどの支援員にとっても悩みの種です。
田窪指導員は、この春から事業所に来てくださった一応新人さん。一応とするのは、療育経験をお持ちなんです。彼も頼めばきっと引き受けてくれます。ただ、学習支援をどう扱っていくのかについては悩まれているようにも見えました。発達支援における学習支援という位置づけは、なかなかどうしたらいいのか決定的な定説がないところになります。
結局私は、前半は北村さん、後半は田窪さんにお願いすることにしました。もし相性的なところで北村さんとお子さんがうまくいかなくても、もし教科内容的に田窪さんとその学習内容がうまくいかなくても時間が短くて済むような、どっちも立てたような、それでいてどっちにも苦労をさせるような決定をしました。
その支援の様子です。私は、支援をしながら隣のスペースで学習支援が行われているのを見ていました。
まずは、北村さんの数学が始まります。香川県では、私立を除く県下の中学生に同じワークを配布しています。そのワークから定期テストの問題が出題されることも多く、ワーク学習は下手に市販の問題集で勉強するよりもテストの点数に直結する有効な勉強方法となります。その日も、学校のワークについての質問を受け付けている様子でした。
数学のワークの構成は見開き2ページで、ひとまとまりとなっています。左が基本問題で右は応用的な問題となっているのが普通です。もし左側が解けないのであれば、右側のページはさらに苦戦することが予想されます。遠くて手元は分かりませんが、左側からやっているように見えました。どうも基本的なところからつまずいているようです。ホワイトボードにいろいろ書きながら、一生懸命に北村さんが解説をしていますが、お子さんがそれに大きく反応している様子はありません。必要な答えや、それにつながる途中式だけをホワイトボードを見て写しているように見えます。このふたりは、そのあたりの学習をしながらの交流が、うまくいってないのかもしれません。
そんな学習以外のことを考えているうちに20分ほどが経ちました。そろそろ交代の時間となります。事務スペースから田窪さんが出てきて、そのお子さんの斜め後ろのイスに座りました。私は「北村さん、そろそろ」と彼女に声をかけました。声をかけられた北村さんも私のほうを見て「あ、はい」と返事をしました。
さて、しばらくして違和感から私はまた隣の支援スペースを見ました。見ると田窪さんが腕を組んで先ほどと同じ場所に座っています。開始から30分が経っています。北村さんが時間オーバーをしているようです。私は「北村さん」と声をかけました。「はい、交代ですよね」と返事が返ってきます。でも、そのまま数学の解説に入ります。その会話を聞きながらも、田窪さんは微動だにしません。きっと早く変わろうよ~って思っているのでしょう。私はめちゃくちゃ面白くなってきました。ここでいう面白いは、興味深いっていう意味ですからね。
時間を守れない・守らない子は支援の対象になることがあります。気持ちの切り替えが難しいとか、時間の感覚がズレているとかいろいろな原因が語られます。「うちの子、一回ゲームをしたらやめられないんです」「好きなことにだけは集中するんです」みたいな声を保護者からよく聞きます。
では、私の目の前で起きていることは、一体なにごとなのでしょうか。
北村さんは数学の支援が好きで好きでたまらなくて、気持ちの切り替えができていないと考えればいいのでしょうか。いや、そうかもしれませんが、そういう理由だと断言にするには決定力に欠けます。だって、こちらの声掛けに即座に反応していて過集中とは言い難いです。
では、時間の感覚が原因でしょうか。いや、時間が分からないなら、私の声掛けで時間に気づいたはずですからこれも成り立ちません。「交代ですよね」と返事をくれているので、何をするべきかも分かっています。時間の感覚でも、やるべきことが分からないわけでもなさそうです。
ひとつだけ北村さんが失念していることはあります。それは、私への返事はするけれども、お子さんや待っている田窪さんへは声掛けがありません。いつ終わるんだろう。予定と違うんだけどもなぁ。そういうふたりの気持ち(支援を見ているお母様も含めると三人の気持ち)には向き合っていません。少なくとも、時間オーバーに関することは、そこを指摘する大内に対してのみ「分かっている」という意味にとれる反応を返しています。どう考えていいのか、どうとでも外からは決めつけられるこの不思議な行動が面白くてしかたがありませんでした。
ややあって、とうとう田窪さんが支援スペースを去り、事務スペースに移動しました。北村さんの支援は、45分経ったときに終了しました。私は田窪さんに今からできることをお願いします、と伝えました。
私は、このことが支援に対してとても大切なことを示しているように思えてきました。
支援を重ねていくうちに、遊んでいた子が、気持ちを切り替えて帰り支度をするようになっていきます。そういうお子さんをたくさん見てきました。私は、それはそれとして、やっぱり大人になったら時間を守らないんじゃないかって気にもなってきました。子どもという立場で、どこか屈服するかのように従っているだけで、本当のところはこうした時間を守って行動するという部分の根幹は変わらないように思えました。だって、北村さんは遅刻しないんです。時間を守って仕事をしているんです。時間が守れない人ではないんです。ところが、時間を守らなかったんです。ここに、時間を守れた経験の多さと、守れなくなるときの理由の間には結びつきが小さいことが示されているように思うのです。
また、先ほど子どもは立場上従っている、というような表現をしましたが、北村さんは普段から大内の提案には乗ってくださる方なんです。先輩職員としての顔を立ててくださるわけです。ですから、私が「支援代わろう」と申し出て、それを断ったことなんてありません。はい、と応じて大内に支援スペースを譲ってくれるのが常でした。そうなると、北村さんは人の言うこと(ここでは大内の言うこと)を無下にする人はないということになります。ところが言うことをきかなかったわけです。この表現は、何か言葉以上に強く上下関係を表していそうですが、あまり気にしないでくださいね。ここに社会的な人との関係性の理解と、守れなくなるときの理由の間には結びつきが小さいことが示されているように思うのです。
あまりにも面白かったので、これを記事にしてみてよ、と軽い気持ちで頼みました。北村さんは文章を書くことへの抵抗は小さいようで、よく文章化をしてくれます。私は、発達支援研究所へ送ってくださるだけでいいと思っていたのですが、北村さんは律義にも私にも文章を送ってくださったのです。そこにはこんな文章が添えられていました。「以前、Rさんの支援について不適切な時間延長をしたことについて、はつけんラボに載せる用の文章を書かせていただき……」なんと!良くないことをしたという自覚もあるんです。ここに善悪の理解不足であるという見解も成り立たなくなりました。
もう面白くって、面白くって。だって、時間を守る大切さとか、他者との関わりとか、善悪の判断とかの、SSTでなんとかしましょうとされる部分には答えがないんです(たしかに私以外の人へのおわびや説明を忘れていたところはSST的課題かもしれませんけども)。
いっそのこと、本人から聞けばいいじゃないか!てなことで、彼女の文章を読むわけですが、これがまた難解なんですね。彼女の言い分としては「○分後」ということが聞こえなかったと語ってくれていますが、それだと大内に返事をした時点でことは終わっているはずです。つまり、その先にある「時間と分かっていたけれどもやめない自分」に対する答えは語られていないんです。当事者による語りでも理解ができないわけです。
支援者が大切にする「障がい者理解」というものに大きな大きな疑問を投げかけてくださることが起きたと考えています。よくある特性理解的な障がい者理解もここでは成立しません。本人が語ったとしても、こちらの理解には至りません。
北村さんは失敗と思っているかもしれませんが、彼女の等身大の働きかたはつねに私たちに他者を理解することの難しさを教えてくれます。
私は、いつか事業所の逆SSTイベントとして出題してもらおうと考えてニヤニヤしています。
【1つの支援-3つの視点】① ある教室での出来事(田窪識・北村碩子)へ
【1つの支援-3つの視点】③ 北村さんの文章を読んで(田窪識)へ
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