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【わたしの療育】お星さまの従姉妹がつないでくれたこと(山下玲奈)

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山下 玲奈(やました れいな)

わたしは現在、児童通所支援事業所で児童発達支援管理責任者として働いています。
私が療育をする上で、いちばん大切にしていることは「子どものこころ」です。

  • 当たり前だといわれると思いますが、少し視点が違う、ということをお話させていただきたいと思います。

    私には、ひとつ年下の従姉妹がいました。いました、というのは、彼女は残念ながらすでにお星さまになっているからです。

    近い場所に住んでいて、私も彼女も両親が共働きだったため、叔父と祖父がやっていた理容店の店舗兼住宅の部屋で一緒に過ごすことがしばしばありました。

    従姉妹は、重症心身障がい児でした。座位保持は難しく、お話もできませんでしたし、ひとりで寝返りもできませんでした。眼と表情だけが、彼女の動かせる範囲でした。それでも、眼や表情で自分の意思を伝えようとしていましたし、実際伝わっていたと思います。叔母と叔父が、フードプロセッサーにかけたご飯を彼女に声をかけながら食べさせているところを、いつもかたわらでながめさせてもらっていました。痰の吸引をしているところも見ていました。いつも彼女が苦しそうなのでかわいそうだなと思っていましたが、それが医療的ケアなのだということは、仕事を始めてから知りました。発作を起こして息ができない彼女に、ただただ声をかけることしかできない無力感も当時は絶望的に感じていたものですが、特別支援学校でお仕事をさせていただいたときに、声をかけ続けることの重要性を先生方から教えていただいて、子どものころからの罪悪感みたいなものが少し薄れていきました。

    わたしは、彼女といろいろな話をしました。それはわたしの一方的な話ではありましたが、うれしい話をすれば一緒に笑い、怒った話をすれば怒ってくれていました。わたしは、彼女と心が通じ合っていると、いつも感じていました。そして、彼女が亡くなってから、この経験が誰にでも得られるものではないことに気が付きました。その気づきが、今、わたしをこの仕事に結び付けてくれています。

    わたしが大好きだった彼女が、わたしをどう思ってくれていたのかは今となっては確認できないのですが、叔母がいつも大好きだったと言ってくれるので、その言葉を信じて過ごしています。

    自発的な音としての言葉をもたない彼女と過ごした経験からでしょうか。この仕事をしていて、どのお子さんと関わっていても、本当のこころのありかを不思議と探してしまうのです。言葉にならない思い、言葉にできない気持ち、がなんとなく目に見えない何かを通して伝わってくることがあります。

    重度の自閉傾向や知的障がいのあるお子さんは、しばしばこちらには理由の分からないことで怒ったり泣いたりしています。それが他害や自傷に繋(つな)がれば、大抵の方は怖さを感じるのではないでしょうか。このとき、わたしはいつも「こんな風にしたくてしてる訳じゃない」と感じるのです。それを感じたとき、わたしのこころは子どものこころに寄り添うことだけを思って関わり始めます。そして、大抵そのことはその子にしっかり伝わり、段々とわたしを受け入れてくれるようになります。言葉はないけれど、わたしの手を頭や耳にもっていったり、目を合わせてくれるようになるので、変化がよく分かります。特別なことはしていません。ただ考えているのは、分かりやすく伝えること、のみです。従姉妹に何かを説明したいとき、わたしは言葉だけでなく表情を変化させたり、下手ながら絵を描いたり、テレビのほうに彼女の顔を向けてみたり、していました。それと同じように、表情や声の強弱、トーンに大きく変化をつけたり、絵や写真で伝えようとしたり、小さいことを褒めたりしています。それが結果的に「こころ」に寄り添っているのだと思います。

    軽度の発達障がいで、お話ができるお子さんでも、気持ちと違う言葉を意図せず使ってしまうことがあります。そのときも「あ、これは本心と違うな」と感じることができます。目線が違う、声のトーンが違う、雰囲気が違う…。なんだかんだと押し問答を続けていても、信頼してもらっているということも伝わりますし、表情と気持ちがリンクしていなくても、それはそれ、と受け止めて一緒に過ごします。ただの言葉に一喜一憂せず、自分の心を揺らさずに相手を待つということもしています。「信頼できる大人」の一端を担うことが、わたしの役割と感じていて、そのことはお子さんにも感じ取ってもらっています。「ほんとうのこころ」はどこかな、ということをわたしが探していることは、伝わっているのです。

    現在の福祉の流れは「利用者主体」です。児童の場合は、保護者様の意向を無視することはできませんが、「こころ」を考えるとき、本当に寄り添うべきときには、ここぞとばかりに気持ちを代弁することも必要です。保護者様の気持ちや思いも受け止めながら、利用者様が“主体的”という権利を行使できるように、つねに考えています。

    今回、この文章を書くにあたり、私の従姉妹のことをここに書いてもいいと了承してくれた叔母に心からの感謝と、障がい児の親として過ごしてきた日々を尊敬していることをこの場を借りてお伝えしたいと思います。

    今後とも、日々是精進。現在出会っている子どもたちのため、これから出会う子どもたちのために、頑張っていきたいと思います。

  • 【執筆者紹介】山下 玲奈(やました れいな)
     三重県で、児童発達支援・放課後等デイサービス事業所の管理者兼児童発達支援管理責任者として働いています。
     特別支援学校、障がい福祉サービス事業所で働き、早期発見・早期療育とは、ということにいろいろと考えさせられることがあり、現在の仕事に流れ着きました。
     人との出会いを大切に、そこから学ばせていただけるたくさんのことを吸収できる自分でいたいと思っています。
     カレー、ラーメン、パスタが好きで、コーヒーが飲めないお子様舌。でも、コーヒーの香りは好き。「ちょっと変わってる」とよく言われますが、褒め言葉としてとらえています。

    (「山下 玲奈」執筆記事一覧)


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