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【わたしの療育】「つもり」と「なんで」(石田麻奈)

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  • (石田 麻奈) 私が高校生のころ、「受験勉強しろしろって親がうるさい。ほんましんどい。少し休んだだけやで。〇〇はそんなこと言われへんのんやろ。いいなー。」と何気なく友だちに言われたことがありました。
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  1. まー まー

    相手の視点に立って考える、という言葉が学校の道徳の授業や大人が子どもに対して注意するときによく言われますが、それがどれほど難しいのかを感じました。子どもにそのように言う大人自身、できていない部分があるのかもしれません。相手のために考えるといっても、やはり自分の育ってきた環境や経験と照らし合わせて考えがちですし、なかなか相手をまるごと理解することは時間がかかります。もしかしたらわからずに終わることもあるかもしれません。
    ですが、少しでも、前回よりは相手を理解しようとする努力は必要ですし、それが相手との関係を深めていくと思います。その相手を理解するときに「なんで」を突き詰めていくという発想を今回記事から教わり、なるほど!と思いました。そこでどうしても自分の経験だけではわからない部分も他の人に聞いたり、そのこと関わる中で発見することができます。これは療育だけでなく、家族、友人、学校、仕事仲間でもいえる内容だと思います。私も相手に関心を持って、その人への「なんで」を大切にしていきたいです。