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【所長えっせい】①自分の意志で生きる力を育てる:
ある自閉症児への支援事例

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(この記事は、はつけんラボ会員向けメルマガ「はつけんラボ通信」にて、2019年8月5日・8月12日に配信されたものです)

ある研究会で、自閉のお子さんについて興味深い事例報告がありました。

支援学校に通う中学二年生で、精神年齢4歳前で、社会的な力も4歳過ぎぐらいの知的障がいを伴う自閉症の女の子です。かなり重度のお子さんということになります。

自閉の子にしばしばみられるように、このお子さんも「食べる?」と聞かれると「食べる?」と答えるなど、オウム返しの応答(エコラリア)が頻繁に起こって会話にならないそうです。そしていつも相手を気にしていて、自分から要求がほとんど出ない、というタイプだったそうです。

  • その様子を見て、支援に関わった方たちは「自分から相手に要求を出せる力」が大事だと思われ、その力を伸ばすために週1回のセッションを14回繰り返したとのことでした。その関わりのポイントはふたつありました。ひとつは「机を決まった場所に運び、おやつを選んで食べる」という実際的なコミュニケーションの場面を作ってそれを繰り返すことです。机をひとりで運ぶことは彼女には無理なので、周りの人に手伝ってもらう必要があること、そして好きなおやつを選ぶ、という形で自分の意志を表現すること、というふたつの要素がそこに入っています。

    もうひとつはプラスの感情にせよマイナスの感情にせよ、情緒不安定になったときに、それがあれば自分で気持ちを落ち着けることができるツールをいくつか作っておいて、その中から自分がいいと思うものを選んで要求してもらうことを繰り返したそうです。

    3か月あまりのセッションの結果、その子にいくつかの変化が見られました。まずセッションの後半からは、それまで一語文(「わんわん」「クルマ」など単語だけ話すような話しかた)レベルの話しかたが中心だったものが、二語文(「わんわん、あっち」「クルマ、来た」など2語を組み合わせた簡単な文章になる言葉)がだいぶ出はじめるようになったのです。さらに最後3分の2くらいからはひとりの人だけではなく、いろいろな人に対しても要求ができるようになり、そしてオウム返し(エコラリー)が減少し、情動コントロールもよくなり始め、笑顔も増えたということを、支援の方はうれしそうに話されていました。

    さて、この変化の意味は何なのでしょうか?

    まずオウム返しの意味ですが、たとえば「ほしい?」と聞いたら「ほしい!」とか「ほしくない!」と答えるのがスムーズな会話です。それができるには「聞かれて(受け身の立場)、応える(能動の立場)」という「能動=受動」の役割をうまく組み合わせ、切り替える力が必要です(浜田先生のインタビュー「形成論から考える発達障がい」も参考にしてください)。(【特別インタビュー】「形成論から考える発達障がい」

    ところが自閉系の方はこの「立場の切り替え」に困難を抱えやすいため、「相手に聞かれた立場」を「相手にこたえる立場」に切り替えて、質問にあった会話を進めるのがむつかしかったりするのでしょう。ただ、何かを言うことを求められていることは理解しているので、どうしていいか分からなくて、聞かれたことをそのまま繰り返す(つまり話す内容では立場が切り替わってはいない)ために、「オウム返し」になるのだと考えられます。

    言い換えれば「よく意味は分からないままに、相手の要求に従う」ということを繰り返しているわけです。「いつも相手を気にしている」というこのお子さんの姿は、そんな風に「周りからの要求」にいつもびくびくしながら必死で応じようとしている様子にも感じられます。そしてそういう姿を見て支援の方たちは「自分から要求を出せる子になってほしい」と願ったわけです。

    つまり「人の顔色ばかり窺う」状態から「ちゃんと自己主張ができる」状態になってもらおうとしたのですが、それがある程度うまくいき始めたのは、多分こういう工夫があったからです。つまりいきなり「自己主張」に進むのではなく、「<相手に要求されて>自分で選択する」という中間ステップを作られたのですね。そこには「要求にこたえる」という要素と「自分で選ぶ(それを要求する)」というふたつの要素が入っているわけです。

    それとともに、自分の気持ちを安定させるツールを自分で使うというテクニックを身に着けていったのですが、これも「選択肢の中から自分がそのときに使うツールを選ぶ」という形で、自分の判断でそれを行うという力を身に着けていったことになります。

    発達障がいの子は、「あれができない、これができない」というマイナスの面で見られることがとても多く、「大人の指示に従って○○ができるようになる」という形で訓練をされることがしばしばあります。でもそれだけになってしまったら、子どもは自分の意志で生きる力が育たなくなってしまうでしょう。この支援の工夫はそういうスタイルの「訓練」から一歩を踏み出そうとし、そしてそれがひとつの成果を上げた例なのだろうと思います。


     

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