【アメリカの発達障がい事情】自閉症サマーキャンプ篇⑧
キャンプ・ロイヤルを覗いてみませんか?(2)
この記事を読むには7分ほどのお時間がかかります
下川 政洋(しもかわ まさひろ)
前回、キャンプ・ロイヤルで使われているTEACCHのコツをご紹介すると書きました。今回は、その具体的な例をご説明させていただきたいと思います。
その前に、TEACCHの基本的な着眼点について、簡単に説明させていただきます。私のような初級者レベルが覚えるTEACCHの着眼点は、ザックと言って五つあります。1)視覚情報、2)注意の向けかた、3)暗黙学習、4)管理能力、5)複数の観点、の五つです。
しかし、全部取り上げていると字数がオーバーしてしまいますので、ここでは、1)視覚情報と3)暗黙学習と4)管理能力だけを取り上げたいと思います。ちなみに、2)注意の向けかたとは、細部を見て全体を見ない傾向のことで、5)複数の観点とは、他者の意図を読み取るのが苦手な傾向のことです。
それでは、まず1)視覚情報です。これを別の言いかたにすると、「見える化」のことです。これはどういうことかとと、ASDの人は、耳から入ってくる情報をもとにして、ものごとを理解するのが苦手なことが珍しくないということです。ですので、課題のレクチャーは視覚情報を重んじます。要するに、説明の「見える化」です。、何かの工作をするときに、それを口で言って教えるのではなくて、やってみせる・図で手順を示す・文章に書く、そんなことで、すんなりといくことが多いです。
(折り紙の作りかたを順を追って目で確認できる例と、文章でお絵かきのやりかたを説明する例)
そうすると以下の写真のような素晴らしい作品ができちゃうんです。
運動も同様です。以下のような、写真つき説明が効果を見せることが少なくありません。絵で見せると、何をするのか納得がいくようです。
それから、スケジュールの管理。ASDの人には、時間の概念を理解するのに苦労する人が少なくありません。ですので、視覚的に援助していきます。時間の「見える化」です。
(残り時間の分かるタイマー時計)
キャンパーは、自分の予定表を持っています。それを、インストラクターに促されて、スケジュールチェックを小まめにする習慣をつけます。あるグループが課題を終える頃になると聞こえる声があります。「Every one, schedule check!!!(みんな、スケジュールをチェックして!!!)」この声は、いまだに私の耳に残っています。女性アスリートの声といいますか、部活動などでリーダーが、皆に号令を掛けるときの体育会系の声です。
(あるキャンパーの1日)
このやりかたは、キャンパーがすんなりスケジュールに乗ってこないときにも使えます。たとえば、工作の時間に、あるお子さんが携帯電話のゲームをしていて、止めることに抵抗したとします。そのときは、まずゲームをすることを認めます。その上で、「15分したら、この課題をしようね」と、あるべきスケジュールを視覚を利用して提示します。視覚を利用するとは、実際に課題の材料を見せることです。その上で、「さあ、時間だよ。これをしよう」と誘うと、1回では無理なことがありましたが、3回も繰り返すと大体はスケジュールに戻ってくれます。インストラクターが怒る必要がいっさいありませんでした。
あるいは、課題に集中できず、気が散ってしまうときです。そのような場合、以下のような机を用意します。課題以外のものを見たくても、見えにくくしてしまうのです。ASDの人は視覚情報に行動が影響されてしまうことが珍しくありません。だったら、いらない情報はカットしちゃうんです。そうすれば、今集中すべきものを受け入れることができます。
(工作室の作業机。向こうが見えません)
次に、3)暗黙学習についてです。これは、最近進んでいる研究の成果だそうです。ASDの人は、暗黙学習が苦手な人が珍しくありません。3)暗黙学習とは、あらためて教えなくとも、生活の中でなんとなく自然と覚えていくような学習のことです。
たとえば、人の表情です。どういう顔が怒った顔なのか、通常は経験を通して覚えいきます。しかし、ASDの人にはこれが困難なことが珍しくありません。あるいは、声の大きさです。ある場面では小さな声で話すが、別の場面では大きな声で話してよい。こんな判断をすることが、ASDの人にはとても困難であったりします。ですので、こういうことを意図してはっきりと教えることが役に立ちます。
(キャビンのベッド。どちらに足を向けて寝るのか明示して教えます)
あるいは、疲れてしまってひと休みしたい。こんなことも、要求をする方法を意図して教えてあげる必要があります。
(キャンプの活動中、休みたくなったらこのカードをインストラクターに示してもらいます)
さらに4)管理能力です。課題の量やスピードといった管理能力もありますが、ここではストレスの管理についてだけご紹介します。これは、大変大切なスキルになります。キャンプ・ロイヤルでは、メルト・ダウンと呼んでいましたが、いわゆる癇癪(かんしゃく)をコントロールする技術が身につくと、ずっと社会生活が楽になります。
そのためにインストラクターは、自分の担当するキャンパーが何をしている時が落ち着くか、それをまず頭に入れます。あるキャンパーは、あるお菓子を食べるのが好きでした。これを食べていると、少しストレスが軽減されるようです。ですので、いつも、サンタクロースのようなプラスチックの袋を持っています。そして、いつでもどこでも食べてよいとします。こういうのを禁止するのは、まったく意味がありません。お菓子を食べながら社会活動ができるのならば、お菓子は大歓迎です。
それは携帯電話でもいいし、お人形でもいい。ヘッドホンでもおしゃぶりでもいいんです。大切なのは、こういうものを禁止しないことです。そして、それらのものを利用して、気分を落ち着かせることを、はっきりとご本人に自覚してもらうことです。そうすれば、将来、自分自身で気分をコントロールすることができるようになります。
(みんなで音楽活動するときでも、ヘッドホンを着用していてOK。ヘッドホンをしているからこそ、ほかの人と一緒に音楽活動ができるんですね。)
(ベストセラーのブロック型おしゃぶり。日本のアマゾンでは売っていません。誰か商売をすればいいのに)
あるいは、キャンプ場のいたるところにシャボン玉と風車が置いてあります。これは、フーフーと息を吹きかけるためです。深呼吸を覚えてもらうのです。または、インストラクターがヒモを持っていて、キャンパーにストレスが溜まってきそうに思えたら、キャンパーの顔の前にヒモをたらします。そして、やっぱり、フーフー息を吹きかけてもらいます。深呼吸をして気分が落ち着くことを覚えてもらえれば、一生使えるスキルになります。
大変早足ですが、今回はキャンプ・ロイヤルで使われている、TEACCHのコツについてご紹介させていただきました。少し手間はかかりますが、けっして難しいことではないですよね。これが筆者のTEACCHの好きなところです。
【執筆者紹介】下川 政洋(しもかわ まさひろ)
51才です。国際医療福祉大学で主に家族療法を学びました(研修員)。偶然ですが、今年は個人的な事情で、ノースカロライナ州のチャペルヒル市に滞在することが多いです。そして、ここで、自閉症スペクトラムの援助方法であるティーチ・プログラムに出会いました。こちらで感じるのは、発達障がいの人を援助する現場の「空気」が違うということです。「これってなんなんだろう?」と不思議に感じています。言語化がとても難しいです。この辺りの感覚を、攫んで帰りたいと思っています。家族療法もティーチ・プログラムも初学者でございますが、よろしくお願いします。
投稿はありません