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【親子の関わりのこれまでとこれから】① 娘が3歳になるまでの経験

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普段は仕事上で発達障がいに関わりがありますが、自分自身や家族に関する発達障がいについてはこれまで発信する場がありませんでした。あくまでも私事で主観的といった面もありますが、この連載では、自分自身が経験した視点からこれまでのことについて発信できればと考えています。今回は娘が3歳手前になるところまでを記載したいと思います。

  • 齊藤 博之(さいとう ひろゆき)

    私の娘は現在、10歳になる小学5年生の女の子です。生まれたころはほかの子と変わらず元気に日々を過ごしていました。現在はしゃべることができない、文字や絵などが書けない(見て多少理解はできる)人込みが苦手、若干の過敏(音や触覚)、初めてのことに対する異常な拒否、ひとりでトイレ(大)ができないなど、さまざまな特徴がありますが、自閉症スペクトラム+知的障がいです。

    ここからは「今振り返って考えたら」という視点での経験を時系列で記載していきます。

    1歳になるころに喃語と呼ばれる言葉は何となく出ていました。ただし、周囲を気にしたり親を気にしたりがほとんど無かったと記憶しています。その時はまだ疑問に思うことなどはなく、妻とは将来について明るく語っていた感じです。その後、ハイハイはできるがつかまり立ちなどを行う際に異様に憶病な印象でした。ただし、比較する子が近くにいないため、「慎重で臆病な子」という感じで、無理なく自然に任せようと考えていました。そうこう考えているうちに自然につかまり立ちからの移動などもできるようになりましたが、今度は歩く動作がなかなかできません。1歩、2歩と練習はしましたが、結局4歩歩くのに半年ほどかかり、気づくと1歳9か月になっていて、さすがに親としては「何でだろう?」と焦り始めました。

    こういう時に無知が怖いというのは悪気なく「強制してしまう」という点です。まさに私がそうでしたので、かなりスパルタ式で歩く練習をした結果、娘は歩くという行動を止めてしまい、ハイハイに戻ってしまいました。このころは親が発する言葉の意味もほとんど分からず、「声のトーン」で決めていたような感じです。当然、トーンも上がってしまうとギャンギャン泣き、収拾がつかなくなるほどでしたので、とても苦労した経験でした。また、2歳になるあたりで、「原因不明の夜泣き」が毎晩続きました。最初は日中に怖い思いをしたのではないか、などと考えて頭をさすったり、体をトントンしたりして落ち着かせると寝てくれましたが、毎晩、毎日エスカレートしていくことで、私も妻も困惑したり、また「ママの日中の対応が悪いからすぐ泣いてしまう」、「パパが何も状況を知らないのに不意に関わろうとするから泣く」など根拠のないことで夫婦げんかも絶えなくなりました。それに輪をかけるように2歳を過ぎても言葉が出ないなどがあり、夫婦揃って先が見えない何かに対しイラつくことも多かったと思います。

    そうしている中でも子は少しずつ成長をします。先ほど、記載した「歩行」については、ある日散歩をした時のことです。外に出るのも毎回、おんぶやだっこなどで対応していましたが、さすがに体も大きくなるにつれて親の負担も大きく、その日も散歩の途中、ベンチで休んでいました。まずはつかまり立ちをみずからしました。そこから、1メートルくらい離れて「おいで」と手招きしたところ、歩き出しました。その場で2歩、3歩と歩き、親としてすごくうれしくなり、泣きながら「よく歩いたね」と抱きしめたことは、お互いに喜びの達成を共有した瞬間でした。娘は自信が出たのか、家に帰っても転びながらも歩き出します。

    ここからが不思議でしたが、1週間後には走ったりできるようになるなど「今までため込んでいた?」と思うくらい急激に歩行に関しての成長が見られため、「コツを掴めばできないことはない」と思った印象でした。楽しいこと、うれしいことばかりではないのが難しいところです。2歳半くらいの時にスーパーや遊園地など人込みに連れて行くとギャンギャンと泣き出します。それでも落ち着くだろうと考えて歩き出すとお店から出ようとしたり、ひとりで歩かなかったり、などということが続きました。「慣れれば大丈夫だろう」とその時は考えて、毎回そんな感じの経験をしていたのですが、ある時におんぶをすると落ち着くことが分かりました。今思えば、おんぶしている背中は「娘の安心できる居場所」だったということになります。ただし、上でも書きましたが、子はいつまでも小さいままではありません。親の負担が増大します。そんなことを考えながら、私はこのころより、筋トレを開始して、現在も継続中なのですが・・・

    話を戻しまして、娘が嫌がることや楽しいことがこのころからはっきりと分かるようになってきました。それは成長しているから当たり前です。他と違うのは言葉のコミュニケーションがとれないため、こちらから「YES・NO」で毎回聞かないといけないことや、普段の状況から「こうだろう」という推測で察してあげないといけない苦労がありました。時として違うこと、間違えることもあり、そう言った部分では現在も苦労はしています。子は身近にいる親に対し絶対の信頼を寄せており、親はそれに応えていくことが大切です。私はそうやって娘とともにいろいろな経験を積むことで、こちらも成長させてもらったと考えております。

    今回は、3歳手前までの経験を書きましたが、次回はそれ以降、家族以外の関わりと幼稚園に入園してからの経験などを連載していく予定です。

  • 【執筆者紹介】齊藤博之(さいとうひろゆき)
    埼玉県、愛知県などで12年間老人介護(主に認知症)や障がい者との関わりを経て発達障がいの仕事に就いております。趣味は興味のある物の収集(現在はジーパンや靴)、性格は我慢強いが場合によっては短気な一面もあります。自分の子との関わりや今までの経験を踏まえた内容を連載していきます。

    (「齊藤 博之」執筆記事一覧)


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  1. まー まー

    子どもを見守る大人の存在がどれほど重要であるかを再確認することができました。子どもがなかなか成長せず焦る気持ちはありつつ、最後まで諦めずに関わることで、この子は急成長できたのだと思います。時には「待つ」ことも大切なんですね。
    また、やはり子どもと親はつながっているように思いました。子どもにうまくいかないことがあると、親は心配したりイライラしてしまいますが、逆に子どもがうまくいっている姿を見ると親は子ども以上に喜びます。筆者が「成長させてもらっている」ことで、その1つとして、このような関係性があって、そこでの発見や気づきがあるのではないかと感じました。