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【アメリカの発達障がい事情】② 外から見たTEACCH

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下川 政洋(しもかわ まさひろ)

はじめて私がTEACCHの世界に足を踏み入れたのは、学会が最初でした。そのときの印象から書かせていただきます。

  • 何よりも感じたのは「お金持ちだなあ〜」という印象です。私の住むチャペルヒル市は、TEACCHの本部があるために当然のことながら、TEACCHの学会がよく開かれます。大体が2日間で、参加費用が400ドルです。第一印象で、この参加費が少し高いと思われるのは、私だけではないはずです。私の経験でも、こんなに高価な学会ははじめてでした。


  • (学会の様子)
  • ちなみに、参加者の人数を会場のイスの数を数えて推測しましたが、おおよそ1000人でした。ということは、立ち見のかたもいましたから、1回の学会で少なくとも40万ドルは動くわけです。日本円にしたら、5千万円というところでしょうか。それでもって、有料のトレーニング(私のトレーニングは15万円ぐらいでした)も年間に何度もありますから、TEACCHの周りには相当のお金が動いていることが窺えます。

    そして、実際に参加してみても「豪華な学会だなあ〜」と感じました。まず、ランチが豪華。これは、ちょっとしたホテルのケイタリングのレベル。美味しいです。それから、2日間で8人ぐらいの先生が講演をされますが、どの先生もとても話が面白い。学んだ感が得られて退屈をしませんでした。仮にこれが演劇だとして、400ドル出してつまらなければ、「金返せ」って言いたくなると思うのですが、そんなことはありません。それで、後で聞いてみると、話が面白いだけでなく、どの先生も研究の最先端を走っている研究者だそうです。そうすると、この講演のステージに立つだけでも、研究が優秀で話が面白いという、相当の競争を勝ち残ったかただというのが伺えます。

    私は中年のおじさんですので、こういう変なところに感心してしまいます。基本的にお金は大切だから、役に立つか立たないか分からないものに、人はお金を支払わない。ということは、TEACCHには何か凄いことがあるのではないか?「1万円の腕時計より、3万円の腕時計のほうが性能が良いのではないか?」みたいな、根拠のない期待感を感じました。

    ここで、TEACCH本部のあるチャペルヒル市の地域的な背景を説明したいと思います。チャペルヒル市はノースカロライナ州にありますが、近郊のデュラム市とラウリー市を加えて、「研究三角公園(Research Triangle Park)」と呼ばれています。この地域は、第二次大戦後ぐらいまで遡ると、家具作り、綿花作り、タバコ作りなどがその主要な産業でした。ラッキーストライクの本社などがあったそうです。しかし、1960年代を過ぎてから、家具はもっと人件費の安いところで生産されるようになり、綿は化学繊維に取って代わられ、最近ではタバコが吸われなくなりました。要するに、地場産業が崩壊していったわけです。

    そこで考え出されたのが、この「研究三角公園」だそうです。大学などの研究機関を多く誘致して、その研究結果を商品として発展させて行こうというものです。いわば、研究による「町おこし」を行ったわけです。ここで興味深いのは、TEACCHの研究が始まるのが、1964年ごろという時期にあたることです。想像をたくましくして考えると、TEACCHは時代の流れに乗ることが出来たのではないかと思えます。

    現在この「研究三角公園」には、大学院生だけでも1万人を超える大学が多数集まっています。そして、その三角形の中には、研究成果を実用化する企業や病院が多く集まっています。そうすると、まず若者が大学で学ぶために各地から集まって来る。卒業後はこの三角形の中にある企業に就職し、郊外に建て売りの家を買う、というライフサイクルのパターンが見て取れます。そして、こんなところにも、TEACCHを支えている地域性を感じます。

    現に、ノースカロライナ州は、アメリカで最も自閉症スペクトラムの診断を受けた人が多く住む州だそうです。これは、自閉症スペクトラムの人の出生率が高いのではなくて、TEACCHプログラムを理由に全米から移住して来るからです。私のご近所に住む、不動産業をしている人と知り合いましたが、このかたもそう言っていました。このかたによると、TEACCHを目的にして来る人は、チャペルヒル市のどの小学校がよりTEACCH本部と強い関係を持っているかを知っていて、その学区内で家を探すそうです。

    ここで少し、治療法の歴史という意味から、TEACCHが社会に広まった背景をご紹介します。やはり、1960年代に遡ります。当時は自閉症の研究が進んでおらず、自閉症は統合失調症の子どもヴァージョンだと思われていたそうです。そして、治療方法の主流は、精神分析だったそうです。そうすると、自閉症の原因は、母子関係が疑われることが多かったそうです。よって、母子を隔離したり、母親自体を精神病であると疑い治療の対象にしたりしたそうです。これが大きく失敗しました。ただでさえ精神的に参っている母親を、さらに追いつめる結果となったそうです。

    そこで異を唱えたのが、TEACCHの創設者であるショプラー先生ということになります。自閉症は親子関係が原因ではなく、生まれつきの身体的な原因であるとしました。そして、自閉症の人には自閉症独特の認知傾向があることを明確にしました。そして、TEACCHによる自閉症の理解は(初学者の感想で大変恐縮ですが)、「自閉症は生まれつきなので、今すぐにできる治療方法はまだ見つかっていない。しかし、認知特性をつかめば、社会的な適応能力を望める教育方法がある」というものになるのだと理解しています。

    そうして、もう一つのTEACCHの特徴に、その説明の分かりやすさがあると感じました。一般の人でも、研究者の説明の話を聞いていて分かりやすいと感じます。加えて、「分からない奴は勉強が足りない奴だ」みたいなものを感じません。これは、後にTEACCHの授業を聞いていて思ったことですが、基本的に説明のしかたがBased on Evidence的であると思います。TEACCHプログラムがノースカロライナ大学の医学部に所属しているのとも、関係があるのかもしれません。「Aさんの自閉傾向の特徴は〜です。ですから、〜というやりかたにして下さい」という言いかたになります。この言いかたは、教師・親などいわゆる定型の人にとって、理解のコストが低く実践のしやすい説明方法だと感じます。

    この説明の分かりやすさが、TEACCHの社会的成功に関係しているのではないでしょうか。どれだけ優れた研究であっても、それを実践できる人が育たなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。その意味では、仮に世の中を定型発達と非定型発達と分けた場合に、TEACCHのやりかたは、定型発達が非定型発達の方にアプローチしやすい方法と言えるのではないでしょうか。

    ノースカロライナ州では、年間に10億円近くがTEACCHプログラムの予算にあてられるそうです。毎年4月2日は、「自閉症世界啓発デー」です。ディズニ—ランドでは、自閉症の子どもは順番を待つのが苦手なので、特別のパスポートが配布され、アトラクションを待たずに乗れる特別な配慮がされているそうです。こんなことを考えると、一概に障がい者の立場に立つだけでなく、一般のかたの視点を重んじることも、現実に働きかけるには必要であると感じます。

    今回は、TEACCHの核となる部分ではなく、その背景を考察することで社会的成功の理由を考えてみました。次回は、自閉の感覚について書かせていただきます。自閉の感覚って、どんな感覚なのでしょうか?

  • 【執筆者紹介】下川 政洋(しもかわ まさひろ)

    (発達支援研究所 客員研究員)

    51才です。国際医療福祉大学で主に家族療法を学びました(研修員)。偶然ですが、今年は個人的な事情で、ノースカロライナ州のチャペルヒル市に滞在することが多いです。そして、ここで、自閉症スペクトラムの援助方法であるティーチ・プログラムに出会いました。こちらで感じるのは、発達障がいの人を援助する現場の「空気」が違うということです。「これってなんなんだろう?」と不思議に感じています。言語化がとても難しいです。この辺りの感覚を、攫んで帰りたいと思っています。家族療法もティーチ・プログラムも初学者でございますが、よろしくお願いします。

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コメント欄

  1. まー まー

    TEACCHのお話を読んで、知識と実践の相互作用が非常に強いことを感じました。ある法則や理論を発見してそれが実践として成果が出たときに、初めてその法則や理論に価値が出てくるのだと思いました。その時に必要な支援方法は時代によって変化してくるので、そのステップをすぐに行える環境はその法則や理論が私たちの生活に生きた状態で入って非常に大きな影響を与えます。この好循環な環境に感動しました。ここで支援を受けている自閉症スペクトラムの方はきっと幸せなんだろうな、と思いました。
    また、TEACCHの創設者であるショプラー先生が自閉症は母子関係が原因であると思われている中でそれが生まれつきであると考えた理由、きっかけを知りたいと感じました。

    1. 406 下川政洋 406 下川政洋

      まーさま

       再びのコメント誠にありがとうございます。まーさまのコメントから、改めていろいろな刺激を受けました。とくに「ここで支援を受けている自閉症スペクトラムの方はきっと幸せなんだろうな」の文章です。この部分にはとても関心があります。でも、2つの理由で微妙なものも感じています。
       ひとつは、ASDの人は感情表現を表情で表さないことも多いからです。果たして、嬉しいのか楽しいのか簡単に見分けられないところがあります。「恐らく楽しいのではないか」「恐らく嬉しいのではないか」そんな仮説を持ちながら、手探りで接するようです。明らかに外から見分けられるのは、ストレスを感じでいないか、癇癪を起こしていないか、というところだけなんですね。
       それから、「ショプラー先生が生まれつきと考えた切っ掛け」ですが、詳しくは私もあまり知りません。しかし、そこには、まーさまがおっしゃる理論と実践の相互作用が関係していたのかもしれないと思います。ショプラー先生の指導教授はバッテルハイム先生という高名な精神分析の学者だそうですが、彼を反面教師だと捉えていたようです。バッテルハイム先生の精神分析の理論を否定する形でTEEACHが誕生した、とショプラー先生が何かのインタヴィーで答えていました。「理論なんか捨てちまえ、目の前のクライエントさんから学べ」そんな姿勢があったのでしょうか。現にTEACCHのとレーニングを受けていると「クライエントさんが先生です」と何度も先生がおっしゃっていました。この言葉を聞くと、背中がピンとなる思いがしました。

      1. 406 下川政洋 406 下川政洋

        PS=微妙なものを感じるもう一つの理由ですが、TEACCHは教育方法なので、純粋なあるがままを良いとしないところがあると思います。教育ですから、ASDの人は学習しなければいけない。学習はチャレンジなので、当然何らかのストレスがあると思います。

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