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【アメリカの発達障がい事情】③ マイノリティー経験と自閉の感覚

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下川 政洋(しもかわ まさひろ)

前回は、外から見たTEACCHについて書かせていただきましたが、今回は、TEACCHのことに触れる前に、しばらくぶりに味わった異文化経験について書かせていただきます。

  • 今年の1年は、そのほとんどをアメリカで過ごしています。これだけ長く海外に滞在したのはしばらくぶりのことで、忘れかけていたマイノリティー経験を感じています。ここではおもに、生活習慣に埋め込まれた文化圏の違った知恵に違和感を覚えるという知的なものではなく、もっと知覚に近いことを考えています。

    アメリカの郊外に住んでいますので、どうしても移動手段が車になります。そこで、国際免許証を持っていって、車の運転をしています。そうすると、どうしても運転に慣れていないことを感じます。いちばん困ったと感じるのは、交通標識を読むのに時間がかかることです。


  • アメリカの郊外は広いので、永遠に直線が続くことが多いのですが、直線ではあまり交通標識が出てきません。そして交差点にぶつかると、いきなりたくさん出てきます。これが日本でしたら、パッと見て必要な情報をスキャニングできますが、英語ではこれができません。多くの情報を一度に提示するのではなくて、たとえば「100mごとにひとつの情報を表示してくれたら、どんなにいいだろう」と感じます。

    同じようなことが、本屋さんでもあります。そこには本がたくさんあって、本の背表紙が並んでいます。日本であれば、好きな作家の名前、関心のある分野のタイトルが自然と目に飛び込んできます。おそらく、視覚する時点で、知覚の無意識的選択が行われているからでしょう。しかし、外国語の場合はそうは行かず、私は英語があまり得意ではないためもあって、ひとつひとつの文字の意味を集中して読み取っていく必要があります。

    これと似たような経験を、スーパーマーケットでもします。この場合は、視覚情報というよりは、聴覚情報です。スーパーマーケットには、いろいろな音が流れています。でも、その意味みたいなものは、自然には入ってきません。そうすると、視覚情報のときと同じように、ひとつひとつのアナウンスを吟味しながら聞いていく作業が必要になります。そうでなければ、ただの雑音がしているのとあまり変わりがありません。「オーストラリア産のお肉が30%OFF」なんて情報ひとつ聞き分けるのに、集中力が求められます。心理用語でいうところの、カクテルパーティー効果(うるさい環境にいても、自分と関係のある音を無意識で聞き分ける)が機能しないんですね。聴覚情報の処理のコストが高いと感じます。

    加えて言うと、TEACCHトレーニングのグループワークでも似たような経験をしました。TEACCHトレーニングでは、4~5人でグループを作って、ひとりの自閉症スペクトラムのお子さんを担当します。そして、査定を行い、介入方法を考えて実施します。私のグループは私だけが外国人で、ほかのみなさんはアメリカ人でした。そうすると、話し合いのスピードが速くて、内容は何となく分かるけれど、いまひとつ明確さを持っては分かりません。ひとりの参加者はテネシーから来ていましたが、エルビス・プレスリーのような話しかたで、言っていることがはっきりしません。仮に分かっても、どれだけ確実に分かったのか自信が持てません。完璧に分かるのは、いつもグループワークが終わったあとでした。「あっ、俺たちはこういうことをしたんだ」なんて思います。そうして家に帰ると、思ったよりも疲れているのに気づきます。

  • 私は目が良いし耳も良い、しかし、情報が不鮮明である。この感覚をたとえて言うと、何となく霧がかかったような状態です。あるとき、この感覚のことをTEACCHのインストラクターの方に言ってみたことがあります。授業で、自閉症スペクトラムの方には、独特の認知特性があって、普通の伝えかたではうまく情報が伝わらないと教わっていたからです。


  • (臨床心理のPh.Dをお持ちだったせいか、最も気の合ったインストラクターさんと)
  • そうすると先生は、「その感覚がそのまま自閉症の感覚かどうかは分かりませんが、自閉スペクトラムの人が時々Overwhelming(処理出来ない情報量の多さに圧倒されてしまう)の状態になってしまうことがあります。情報量の過剰と処理速度の遅さという意味では、近いものがあるかもしれません」と言っていただきました。

    ここで、TEACCHのやりかたのエッセンスである、構造について説明させていただきます。TEACCHにおける構造とは、このOverwhelmingが起きないためのものだとされています。物理的構造を作って、供給される情報を統制するそうです。以下の写真を使ってその構造を説明します。


  • (TEACCHトレーニングで使われたお子さんたちの教室)
  • 写真を見ると分かるように、すべての窓のブラインドが閉まっています。これは、仮に窓の外を誰かが通っても、お子さんの気が散らないためです。あるいは、お子さんが座る向きは、先生と対面になるようにされています。これもお子さんが、ほかのお子さんや先生に注意をそらされることがなく、目の前の教師と課題に集中できるためのものです。

  • そして、教室の奥にイスのない壁に向かった机が用意されています。イスが無いのは、じっとしているのが苦手のお子さんのためで、壁に対面しているのは課題に集中するためです。

    このように、言葉で説明するのではなく、物理的構造を視覚情報として利用することで、何に集中し何に集中しないのかを統制することが、TEACCHの特徴のひとつだそうです。


  • 今回は自閉の感覚について、できる範囲で想像を巡(めぐ)らせてみました。次回は、独特の認知特性をもつ自閉の人と、自閉ではない人がどうやったら繋がることができるのか、そのことについて書かせていただきます。

  • 【執筆者紹介】下川 政洋(しもかわ まさひろ)

    (発達支援研究所 客員研究員)

    51才です。臨床心理学の勉強は、20年の社会人経験の後に始めました。肩書きとしては公認心理師で、国際医療福祉大学で主に家族療法を学びました(研修員)。偶然ですが、今年は家族の事情で、ノースカロライナ州のチャペルヒル市に滞在することが多いです。そして、ここで、自閉症スペクトラムの援助方法であるティーチ・プログラムに出会いました。こちらで感じるのは、発達障がいの人を援助する現場の「空気」が違うということです。「これってなんなんだろう?」と不思議に感じています。言語化がとても難しいです。この辺りの感覚を、攫んで帰りたいと思っています。家族療法もティーチ・プログラムも初学者でございますが、よろしくお願いします。

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コメント欄(コメントは団体会員と個人会員Aの方が可能)

  1. まー まー

    Overwhelmingのお話から、自閉症スペクトラムの人の感じ方を完全とまではいきませんが理解することができました。下川さんの例が非常にわかりやすかったです。考えてみると、Overwhelmingの状態が私にもしばしばあるように思いました。。例えば、私は本が大好きなのですが、専門用語びっしりの本を一度背伸びして借りてみたら全く内容が入らず、時間もかかり、途中であきらめてしまいました。そうすると、自信がなくなり、次に読もうとは思わなくなりました。
    そのことから、Overwhelmingは自分にとってなじみのない、高度な内容を急に取り組むときに起きる状態だと感じました。なので、TEACCHのように少しずつ段階を上げていく方法によって、かかる時間に個人差はありますが、その高度な内容を理解できるようになるのではないかと思いました。

  2. 406 下川政洋 406 下川政洋

    まーさま

     度々のコメント誠にありがとうございます。日々学習の喜びを感じることができます。

     Overwhelmingの状態は、まーさんがおっしゃるように、私も日常生活の中で感じています。もうちょっと、卑近な例です。例えば、私は田舎者ですから、たまに大都会に出て行くと目が回るようです。でも、周りを見ると、普段からそこを活動拠点にされているような人は、早足でグイグイ歩いていて、何か自分が劣っているように感じてしまいます。或は、家庭と仕事があって、たまに子供の問題などが立ち現れてくると、手に余る思いがします。多分、一つ一つがつまらない問題でも、大挙してやって来たらたまらなく感じてしまうのではないでしょうか。

     そうすると、TEACCHのやり方は、何も特別なやり方ではないとも感じます。誰でも作業場が整理整頓されていれば作業がし易いでしょうし、誰でも手帳などでスケジュール管理をやっています。それから、優先準位を決めて仕事をすることだって誰にでもあります。まーさまのコメントを読で、そんなことを感じました。

    有り難うございます。