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【アメリカの発達障がい事情】⑤ 保護者

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下川 政洋(しもかわ まさひろ)

少し、自閉のお子さんを持つご両親についてお話をさせていただこうと思っています。今回TEACCHプログラムトレーニングのために、ご協力をしてくださった自閉のお子さんは、M君5歳男の子、A君11歳男の子、L君12歳男の子、Sさん20歳女性の全部で4人。我々訓練生は20人ぐらいですから、4~5人でグループを作って日替わりでひとりのお子さんを担当します。我々もTEACCHの初心者ですが、M君とA君も、TEACCHのお試し期間中という感じでした。

  • 自閉のお子さんは、みな市内に住んでいます。といってもアメリカの郊外は広いですから、みなさん親の車で送り迎えしてもらいます。トレーニングは、朝の8時から夕方の4時までですので、夕方の3時くらいになりますとお迎えの親御さんが到着して待っています。

    私は、この親御さんに関心を持っていましたので、意識して彼らと会話をするようにしていました。彼らと話したことの中から、私の印象に残ったことを書かせていただきます。

    まずはM君(5歳)のお母さん。お母さんによると、TEACCHを受け始めてこの1週間、M君は家に帰っても、とても機嫌がよいそうです。家にいるときに、よく話すようになったそうです。そして、私に対して、「Mはここで、どんな1日を過ごしているのですか?あなたたちは何をしたのですか?」と質問をしました。私が返答に困っていると、TEACCHプログラムの大ベテランであるインストラクターの方が会話に入ってきて、「今度個別の面談をしましょう。そこで、何をしたかできるだけ説明します」と答えていました。

  • 私の印象では、このM君の自閉傾向がもっとも重く、だからこのベテランのインストラクターが付いているのかもしれないと思いました。授業中も、M君とベテラン・インストラクターが課題に取り組んでいるときは、ほかの若いインストラクターが敬意を持って見守っているようでした。まるで、若いコックさんがベテランシェフの動きを盗み見ているようでした。


  • (とても気さくなTEACCH大ベテランのKathy先生。日本に何度か招かれたことがあり「私は日本で有名人よ!」とおっしゃっていました。)
  • 次に、A君(8歳)のお母さん。初めてA君に接したときは、とても自閉のお子さんだとは思えませんでした。おどけて、よく笑い、かわいいしぐさで茶目っ気があって、訓練生にとても人気がありました。印象だけをみると、いつも走り回っているやんちゃ坊主のようで、むしろADHDではないのかなと思えたほどです。しかし、トレーニング中に段々と分かってきました。スケジュールのような行動予定が決まっていないと、次第に不安になっていく様子が感じられたからです。これが臨界点に達すると、パニック(Melt Down)するのかもしれないと想像しました。それから、お母さんと会話をした様子が印象的でした。A君の今までの生活のようなことを話していると、それほど暗い話題ではないのにも関わらず、お母さんが突然泣き出だしました。そして、「今までさんざん苦しんで、追いつめられてきました。今は、TEACCHだけが頼りです。偶然、ノースカロライナに住んでいてよかったです。」とおっしゃいました。A君のお茶目な印象とはまったくかけ離れた言葉でしたので、とても意外でした。

    そして最後に、L君(12歳)のお父さん。このお父さんとの会話がとても勉強になりました。M君の御家族はずっとメリーランド州に住んでいて、TEACCHを目的に、最近ノースカロライナに引っ越してきたそうです。

    メリーランド州に住んでいたときのことを教えてくれました。まず、L君が公立の小学校に入学したときに、学校の先生が自閉症スペクトラムを知らなくて困ったそうです。仕方がないので、お父さんが経費を払って学会に連れていき勉強をしてもらったそうですが、学校には450人も生徒がおり、特別なサポートを求めるには限度を感じ、5年間ホームスクーリングを行ったそうです(アメリカでは、家庭で親が子どもの教育をすることが義務教育の一種として認められています)。このときの費用が莫大だったとおっしゃっていました。TEACCHの家庭教師を二人とアシスタントひとり雇っていたそうですが、その費用が、年間35,000ドル(430万円くらい)で、5年間ですので2千万円を超える金額だそうです。しかし、ノースカロライナではTEACCHプログラムの援助は無料なので、これが引っ越してきた理由だそうです。

    それから、子どもはL君だけだそうですが、「子どもはひとりだけでよい」とおっしゃっていました。まず、生まれてくる子どもが自閉症であるか心配であり、仮に、自閉症でなくとも、もし我々両親が死んでしまえば、その兄弟がL君の面倒をみることになる。そういう運命付けられた人生をさせることはできないと、おっしゃっていました。

    それからとくに印象に残っているのは、お子さんのことをよくご存知なことです。エピソードをひとつ紹介します。前日に、L君がTEACCHから帰宅する車の中で、好物のピーナツバターを欲しがって食べたそうです。そこで私が、「お腹が空いていたのですかね?」と言うと、すぐに「そうじゃない、ストレスです。昨日、クラスの中で、誰かが泣いたのではないですか?多分、それで、ストレスの高い一日だったのでしょう。だから、ピーナツバターを欲しがったんでしょう」と言いました。そのとおりです。私は、現場にいましたから、知っていました。たしかに、前日は、M君がパニック(Melt Down)を起こして、泣き叫ぶ場面がありました。これほど自分の子どものことが分かっている父がいるのか、と思いました。

    加えて印象に残っているのは、お子さんのことを他人に説明するのが、とてもうまいことです。多分、他人に説明するのに慣れていらっしゃる。私はこのお父さんとは何度もお話をする機会を得られたのですが、いつも理路整然としている内容を、穏やかな口調で話されていました。内容よりもこの話しかたを聞いていると「こうやってこのお父さんは、L君を守ってきたんだな」と感じることがたびたびありました。

    最後に蛇足をひとつ。TEACCH最終日に、このお父さんからお礼のメールが来ました。TEACCHの事務所に届いたそうです。内容は、TEACCHに対するお礼と、訓練生が熱心に話をきいてくれたことに感動したそうで、それがうれしかったそうです。ほかの訓練生が「マサヒロのことだね。」と言ってくれました。お恥ずかしいのですが、私は初学者ですから、こういうことでうれしくなっちゃいました。

    さて、次回が最終回になります。次回は、臨床の感覚からみたTEACCHについて書かせていただきます。

  • 【執筆者紹介】下川 政洋(しもかわ まさひろ)

    (発達支援研究所 客員研究員)

    51才です。国際医療福祉大学で主に家族療法を学びました(研修員)。偶然ですが、今年は個人的な事情で、ノースカロライナ州のチャペルヒル市に滞在することが多いです。そして、ここで、自閉症スペクトラムの援助方法であるティーチ・プログラムに出会いました。こちらで感じるのは、発達障がいの人を援助する現場の「空気」が違うということです。「これってなんなんだろう?」と不思議に感じています。言語化がとても難しいです。この辺りの感覚を、攫んで帰りたいと思っています。家族療法もティーチ・プログラムも初学者でございますが、よろしくお願いします。

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コメント欄

  1. まー まー

    ノースカロライナ州のようにTEACCHプログラムが活性化している地域が日本にあったらいいのにな、と改めて感じました。そして無料というのには驚きました。支援が受けやすい環境があるのは、本人や本人の家族にとってとても大きな救いだと思います。
    私は大学で発達心理学の勉強をしていて、TEACCHについても何度か授業で聞いたことがあるのですが、実際にノースカロライナ州に行って様子を見たい気持ちになりました。このように現場を教えてくださるのは非常に勉強になります。ありがとうございました。

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