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はつけんラボ 発達心理学講義「自閉症を考える」7

  • 第七節 自閉症者の「場面にはりついた」言葉
       :私とあなたが分節化していく仕組み

    【ここで話されていることのポイント】

     寒さにかじかんだ手をした自閉症児が、暖かいところにいた先生に手を握られて「冷たいね」と声をかけられた。そのあと、その子はストーブに手をかざしながら「冷たい、冷たい」と言った。
     こういう不思議な言葉遣いがどうして生まれるのか。
     単に自分と他人の区別が混乱している「混淆」の状態ではなく、受動と能動の相補的な関係の中でやり取りをし、その中で相手の言葉が「相手の立場から」言われているという理解がむつかしいことから自分が感じている「暖かさ」をそのまま相手の「冷たいね」という言葉に結びつけてしまった結果と考えられる。
     つまり言葉がやり取りの中でではなく、自分が体験している「場面」に張り付いた形で理解されていることを表していると考えられる。
     このような混乱は自分がトイレに行きたいときに「トイレに行きなさい」と言っていく(親から言われた言葉をそのまま自分がトイレに行くときの「場面」に貼りつけている)、コーヒーを相手に飲ませたいときに「コーヒー飲みたい」という(コーヒーを飲むという「場面」に貼りつく形で「誰が」ということを抜きにした言葉の理解になっている)、自分が出かけるときに「気を付けて行っていらっしゃい」と言う(自分が出かけるという「場面」にお母さんから言われる言葉をそのまま貼りつけている)などという自閉症の青年も同じ。
     言葉の世界は相手が「あなた」といえば聞き手のことを意味し、自分が「あなた」と言えば聞き手のことを、相手が「自分」と言えば相手のことを、自分が「自分」と言えば話し手のことを意味する、というように、お互いの立場によって意味が変わるという、「話し手(能動)と聞き手(受動)」のやりとりの形を組み込んで成り立っている。
     言葉を話せるようになった自閉症児も、やはりこの能動=受動の相補性の関係に困難が続くことで、独特の言葉の世界が形作られている。
     この相補的なやり取りの世界の中で「私」が形作られていき、「私」と「あなた」、「私」と「世界」の関係が作られていき、「私」という構図によって世界が分節化されていく。自閉症の問題はその意味では「私」の成り立ちにかかわる問題でもある。

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