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はつけんラボ 発達心理学講義「自閉症を考える」8

  • 第八節 羞恥心と私の成り立ち
       :症状を成り立ちから見ることの重要性

    【ここで話されていることのポイント】

    発達を考えるとき、大人の「完成態」から考えるのではなく、だれもが「ゼロ」から出発してその人が形成されていく過程を見る形成論的な見方が必要。障がいもそのような発達過程の中である部分でむつかしさを抱えたときの形成のされ方として見る。
    羞恥心を持ちにくい自閉症の青年のエピソードは、人にとって羞恥心が私の成り立ちに大きな役割を持っていることを理解させてくれる。
    幼児期にやけどで手指の多くを失った女性がミトンで手を隠し続けてきた事例、生まれながらに片手がほとんど形成されず、義肢をつけ続けてきた女性の事例から、羞恥心が「他者からみられる」ことを恥ずかしがることを超えて、「他者にみられるかもしれない」ことで起こること、つまり現実の他者ではなく「自分の中に作られた他者(世間)」が羞恥心を作っていることがわかる。
    すなわち、「能動=受動」のやり取りの中で、「内なる他者」が自分を見つめている、という状態が生まれている。これが羞恥心の生まれる構図。
    そのように「自分の中の他者(世間)」の形成にむつかしさがある自閉症の青年は、羞恥心に基づく行動がとりづらいという結果になっていく。
    DSMのように症状を羅列する形の自閉症理解は問題がある。大切なのは「どのようにその症状が形成されるのか」という「症状形成論」。
    「三つ組みの障がい」もそれぞれが意味を持ってつながって形成されているという視点から見ることができる。

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