2024.12.28
母子分離と不安 ③
①では母子分離で問題とされる依存について,人間はもともと自分で自由に生きていたい欲望を持っているけど,同時に依存それ自体は助け合って生きる人間にとっては欠かせない大事なことだということを述べたうえで,問題はいい依存か悪い依存かなんだよね,という話をしました。
②ではよい依存の状態から,自立の方向に進むことができず,結果的に一方的な依存が持続してしまって親も子もしんどい状態になってしまうのは,「安心して離れられない状態」つまりは「不安」が問題になっているんだよね,ということを書きました。だから「母子分離」が課題と感じられているとき,本当に大事な問題は多くの場合「不安」なんだということになります。
③になる今回は,この「不安」を子どもの「中の問題」としてでではなく,周囲との「関係」の問題として見る視点について書いてみます。
もうずいぶん昔のことですが,少し遅れがみられたお子さんの発達相談を依頼され,お母さんが連れてこられてある程度定期的に相談に応じていた時のことです。
私は新版K式発達検査を使ってお子さんの発達状況を知る手掛かりの一つにしていましたが,そのお子さんに実施てみると,それほど大きな「遅れ」は見られないように思いました。バランスもそんなに悪くなかったです。基本的な力は育ってきているように感じましたが,でも心理的には不安定なんです。
ひとつだけ,すごく気になることがありました。それは検査や相談の間中,子どもの横に座っているお母さんがずっとお子さんの服をつかんで離されないんです。
周囲の方にお話を聞くと,実はそのお母さんは以前別のお子さんを不幸にも喪ってしまったことがあり,残されたそのお子さんについても不安で仕方がない状態だったのだそうです。それでどこかに行ってしまわないようにいつもつかんでしまわれていたわけです。
それで今お子さんが抱えている問題は,そういうお母さんの不安から来ているものが大きいのだなと思えました。ただ私にはそのお母さんの不安自体について支援する力はありませんでしたので,相談に来られるときに,お子さんの発達状況を確認して,それなりに順調に育たれていること,その意味では大きな心配はないと思えることをお伝えし,多少なりとも不安を軽減してもらえるようにする程度のことしかできないままでした。
ところがある時,子どもの様子がすごく大きく変化し,たくましく成長してきている姿に接することになりました。その姿を見て,お母さんにはもう基本的には大丈夫だと思います,とお伝えし,その点はお母さんは理解され,発達相談は終了ということにしました。
何がそんな変化をお子さんにもたらしたのか。はっきりしていたことがあります。お母さんがもうお子さんの服をつかむことなく,少し離れてお子さんを見ていられたのです。明らかにそういった母子関係の変化が原因と思えました。
そのあと,周囲の方から教えていただいたのは,お母さんがお子さんから離れられたのかというと,以前喪われたお子さんのことで,お母さんなりに深く納得されることがあったということでした。それで「この子も喪ったらどうしよう」という強い不安から抜けられたのだそうです。
子どもが不安定になる原因にはいろいろなものがありますが,たとえばこんな形でお母さんの不安がお子さんに影響する場合も少なくないと感じます。子どもの安心の最初の基礎は,やはり生まれた直後に依存する場である家庭の中の人間関係での安心から生み出されていくもののようです。
家族はいろんな意味でお互いに依存し合って生きていくものですから,その家族内の依存と,依存による安心の関係が何かの原因でうまくいかなくなると,家族の一人一人の中に何かしら不安定なものが育っていきます。
そしてその不安定さは,やはり一番弱い立場の人に集中して生じやすいものです。場合によっては家族みんなの不安を一人が背負わされてしまうような事態も起こり得ます。そして子どもはそういう立場になってしまいがちなのです。
家族臨床に取り組まれている下川政洋さんがやはり「子どもが<問題>を抱えるときは,家族の中の問題を引き受けてしまっていることが多い」と時々言われるのですが,それは本当にそうだと思えます。
子どもが母子分離ができない状態にあるとき,その多くは子どもが「不安」を抱えていて「離れられない」状態にあり,そのすべてとは言えないでしょうが,かなり多くの場合,その子自身の問題というより,安心を身に着けられない環境の問題があるわけです。
ではなぜそういう安心が家族の中で育ちにくくなるかと言えば,実は大人が子どものころに十分に安心できる環境で育つことなく,不安を抱えながら大きくなって来られた場合が少なくないと感じます。そしてその不安がまたお子さんに影響して同じ問題が繰り返される。
そう考えてみると,この負の連鎖をどうやって少しでもよい方向に切り替えていけるのかが,最終的には一番大きな問題だろうと思えます。その都度不安に陥るお子さんを支えることはもちろん大事ですが,でも問題は「子どもの中」にあるのではないわけです。
保護者支援とか,地域の中での支援とかが大事になるのは,やはりそういうことがあるからだろうと思います。誰にとっても問題は独りで抱えるには大きすぎるのですね。母子分離は多くの場合,そういう視点から考えてみる必要のあることでしょう。
偏ったバランスの悪い依存の関係を,いい依存の関係,助け合いの関係にどうやって移行させていけるのか。保護者のみなさんに集っていただいて,お互いの思いを共有するファミカフェといった場で私もファシリテーターをさせていただいたりしていますが,それも孤立して問題を自分の中に抱え込んでしまった保護者や家族をつないで,お互いに支え合う関係を生み出していく,そんな模索の一つだろうと思います。
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