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はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

    ブログ総目次(リンク)はこちらからご覧いただけます。

2025.07.23

「当事者視点を大事に」ということの具体的な形

研究所ではこどもサポート教室のスタッフを中心に,またそれ以外の事業所の方や当事者の皆さん,研究者の皆さんも加わって毎月「事例研究会」をやっています。

特に最近は私たちが強調している「当事者視点を大切にした対話的支援」というスタンスを重視して,これまでの主として「定型発達者を基準とした評価」とそれに基づく支援の在り方ではなく,発達障がい当事者の方の視点からみた困難の理解に迫りながら,問題を一緒に解決していこうとする模索を行っています。

今月の事例検討会も,まさにそんな会となり,単なる理念を超えて,「当事者視点を大切に」ということ,そして「対話的な支援」ということが具体的にはどういうことになるのかを理解し,考える上でも大事な機会になりました。

 

発達障がい児の学習支援を中心に行っている支援事業所のakさんが事例を発表してくださいました。保護者の方が学習支援を強く望まれるので,それに対応せざるを得ないのだけれど,本人の状態はただやみくもに「勉強の成績を上げること」ではない,ということが支援者からは明らかに思えるという,支援現場では「あるある」のケースです。

保護者としては子どもの将来も心配で,とにかく「周りに追いついてほしい」という思いが強烈になるので,そうなるのは無理もない面があるのですが,それにしても子どもの状態に関係なくひたすらそのことを求めると,子どもは本当に苦しむことになります。私から見て,このケースはそういう問題がすごく深刻なものでした。

 

akさんの発表のタイトルは「誰のための学習支援?」というもので,一体何のためにこの子にこの子の状態に合わない学習支援をしているのか,その悩みがよく現れた表現に思えましたし,参加されたみなさんの質問や意見もみんなそこに集中していたように思います。

発達障がい児の学習支援でも活躍してさまざまな成果を上げている大内雅登さんからは,その子が学習をするときに何に困っているのか,ということを細かく徹底して読み解いていかれました。「○○ができない」のではなく,その子にとってその場はどんなふうに見えていて,学校の授業についていくにはどういいう点に苦労が生じるのか,黒板の見え方や文字を書くことの困難,聞こえの問題など,大内さんらしく「子ども自身の視点」から理解を進めていかれます。

 

そういう「その子自身がその学習の場をどのように体験し,何に困っているのか」という「当事者視点」に迫っていくことで,その解説を聞いてakさんもたくさんのことを感じ取られたようでした。そしてその視点からの子どもへの関わり直しによって大きな変化が生まれてきたことを早速私にも教えてくださいました。

支援現場の皆さんにも参考になることがとても多いと感じたので,akさんにお願いして,以下その中心の部分についてご紹介させていただきます。

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学習もしながら、1つずつゆっくり Aくんに学校の授業の様子を聴いてみることにしたんです。

「教室に黒板はあるかな?」
「君は、黒板に向かい合うかたちで 座っているはずだけれど、どのあたりに椅子と机があるんだろうか?」
「国語や数学(理科・社会・英語もききました)は 教科書とノートをひらくよね?筆箱も用意するはずだ。
授業の先生たちは、黒板にことばを書くかな? 多いかな?少ないかな?
それを 書き写すとき、Aくん・・・もしかして、大変だったりしない?
教科担任によって、違いとかあるかな?」

といったかんじで。

そうすると、Aくんは 「そうなんです。ぼく、困ってます。」と とつとつと語ってくれたんです。
「ぼく・・、黒板の字がたくさん書いてあって、それをノートに書くのも大変なんです。
しかも、学校の先生は そのあと急に 話し出します。
話を聴かなきゃ!っておもって 聴いていたら、ノートに書かなきゃいけないものを書けずに、先生が黒板消しで書いたものを消してしまうんです。
書くのも追いつかないんです。聴いていたら、もっと追いつかないんです。
理科と数学の先生はまだ・・”消すけどいい?”って みんなに聞いてから 少し待って消してくれるんですけど、それでも書ききれなくて・・。
ずっと疲れて・・ねむくて・・。これでも・・がんばってるんです。」

と。
気づいてよかったとおもいました。

少し、私の方からまた聴いてみたんです。
「それは・・大変だよなぁ。それは疲れるよ。話してくれて、ありがとね。
いっしょにどうしたらいいか、考えていこう。
Aくんは 書くのと聴くのを一緒にするのが難しいんだね?
書くのと、聴くの どっちかだけだったら どっちの方ができそう?」

って。

すると、Aくんが
「ぼく・・、聴いてもすぐ忘れちゃうって 自分でも気づいてます。
だから、書いているのをみて、ノートに書いた方が まだ覚えるとおもいます。
授業で いきなり先生にあてられても、クラスのみんなも助けてくれるし。」

って、自分でまず 取り組める答えを 出すことができたんです。

私は、これが 一番うれしかったです。

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この素晴らしい展開を生んだのは,何か難しい分析をしたことではありません。
「その子が何を困っているのか」を素朴に聞いてみたということでした。

外から見ればたとえば「黒板を写すのが下手だ」とか,「教科書の該当ページを開けない」といった
「できないこと」が目につき,「やり方を教えようとする」というふうになりがちです。
でもそこで見過ごされがちなのは,「この子自身にはその困難はどう体験されているのだろうか」
「この子自身は何を悩み,それをその子なりにどう乗り越えようと模索しているのか」
という「その子自身の主体的な問題への向かい方」を理解するということです。

発達障がいの特性から,子どもたちは定型発達者とは違うものの見え方をしたり,
違う感覚や動きの仕方がむしろ自然である,という場合が少なくありません。

そこから「定型基準」で作られたやり方は,やはりいろんな困難を生んでいきます。
では一体何を悩んでいるのか,ということを,そういう体験世界を持たない定型の支援者が知る
そのための一番大事な方法が,(話ができる子どもであれば)話し合ってみることになります。

当たり前と言えば当たり前のことなのですが,その当たり前のことが実際になかなか気づかれにくく,
事例研修などでも「その子は何を感じているのだろう」「その子は何を困っているのだろう」
ということを私から繰り返し確認することが必要になることが少なくないのです。

その視点がないと,往々にしてその支援の目標は,本人が困っていることに焦点が当たらず,
周りの人が困っていること,周りの人が子どもに持つ要求に焦点づけられてしまいます。
その結果,「当事者視点を見失った,外から方向付けられた支援」になってしまうんですね。

akさんが 「書き写すとき、Aくん・・・もしかして、大変だったりしない?」と
ほんとに素朴に尋ねてみることでA君の「そうなんです。ぼく、困ってます。」
という思いが初めて語られることになり,しかもそういう語り合いの中で

「自分でまず 取り組める答えを 出すことができた」

とakさんが一番うれしく感じられた体験が生まれたことになります。

このとき,A君はそれまでのように「何かをさせられる」人ではなく,
akさんと一緒に「自分で主体的に問題に向き合う」人になれたことになります。
そのことが私には一番素晴らしいことに思えました。
二人は同じ困難に一緒に向き合っていこうとする仲間同士の共生的な関係に入れたのです。

今度私が設立時から運営に関わっているMC研(文化理解の方法論研究会)で,
第39回研究会「「開かれる自閉」を開く:社会学者・当事者・発達心理学者の対話」
を行うのですが,そこで自閉当事者でもある髙木美歩さん(立命館大学)の発表テーマは
「ケアと責任から考える自閉症者の主体性」です。
8月3日に行われる研究会の内容の詳細と申し込みはこちらから行います

ケアは場合によって「保護してあげる人」と「保護される人」という能動主体と受動主体の
一方的な関係としてイメージされることも少なからずありますが,
今はそうではなく,支援を受ける人も,その人なりの主体性を持って生きていて,
その主体性に基づいて生きていく上での困難をどう一緒に解決していくのか
ということが支援の中心的姿勢であるべきと考えられるようになってきています。

そしてお互いの主体性を大事にするには,お互いにその人なりに責任を持つ主体である
ということが必要になるはずです。
お互いの持ち味が違い,要求が違う中で,お互いを尊重してそのズレを調整して共生するには
改めて定型から押し付けられたものではなく,
「自閉症者自身の主体的な責任とは何か」を真剣に考える必要もある,
そういうことが今度の研究会で議論されることになる大事なポイントになるだろうと思います。

そういう問題を実践面で追及していく上でも,
このakさんの支援の展開は,大変に大きなことを教えてくれているように思えるのでした。

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