はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.10.09

自閉の子が言語的コミュニケーションを獲得する瞬間(2)

  
 
自閉の子が言語的コミュニケーションを獲得する瞬間(1)」では、こちらの働きかけに一切応じず、意に沿わないことがあると自傷や他傷の行為が目立つ、という状態だった4歳の自閉症児A君が、大内さんの働きかけ方の調整の中で、自傷や他傷が無くなっていくとともに「紐をとってきて」といった言語的な指示にもスムーズに応じられるようになる展開を見てきました。
 
 とても見事な展開と言えますが、いったいそこで何が起こったのでしょうか。以下は私の解釈です。
 
 まず前提として考えられることは、A君は大内さんの所に通われるようになった時にはすでにかなり「自分の意思」がはっきりしてくる段階に入っていたということです。つまりA君はやりとりの発達について、とても重要な次のステップに進むための準備が整いつつある状態だった可能性が高いということです。
 
 ここでいう「自分の意思がはっきりする」というのはどういうことかわかりにくいかもしれませんね。ちょっと寄り道ですが、まずこの事について簡単に整理しておきましょう。
 
 大人でも「なんかもやもやする、いらいらする」んだけど、なんでそうなのか自覚が出来ないことがないでしょうか。それがある時に「自分はこうしたかったんだ!」ということに気づき、それが何らかの理由でうまくいかなかったのでイライラしていたことを理解できるようになる、といったことが起こります。そうなると問題は半分以上解決です。
 
 こんなふうに人は自分の心理状態の原因を自覚し、その自覚に基づいて問題を解消する、といったことをやります。カウンセリングなどは自分の葛藤を言葉等を使いながら自分自身で理解していく作業ともいえますね。そうやってカウンセラーの助けを借りながら、それまでもやもやして自分を苦しめていた状態を整理して、その状態に対処しやすくなるわけです。(※)
 
 大人の場合は言葉でそういうふうに自分自身の気持ちを整理する力を持っていますが、言葉が獲得されていない段階では、当然ですが言葉でも表現できるような形で自覚するといった形での気持ちの整理は無理です。そのときは言葉では整理できないもやもやした衝動、あるいは直接に行動に結びつくような衝動のレベルに生きていると考えられます。
 
 あかちゃんがおなかがすいたら泣く、といったこともその典型的な例ですね。泣いている赤ちゃんが「私はおなかがすいている」と自覚して泣いているわけではありません。ただ不快な状態で泣き声を上げているだけと考えるのが自然です。そこで「赤ちゃんがおなかがすいている」という理解をするのは、言葉を獲得している周りの大人のほうなのです。その状態から、だんだんと「私はお腹がすいている」ということを自覚し、「お腹がすいているからご飯がほしい」といった自分の意思に気づいて行動できるように発達していくわけです。赤ちゃんはそれが無理なので、ただ泣いて、その原因の理解や解決法の発見については全部大人任せです。
 
 この、自分の意思に気づくというのは、何がきっかけになるかと言えば、「他人の意思」と「自分の意思」がぶつかり合う状態だと考えられます。自分がしたいことを人に邪魔されてうまくできず、イライラする。その原因として相手が見えてくる。その時、いってみれば相手を鏡として、自分の意思(自分はこれがしたい)を自覚するようになると考えることができるわけです。
 
 もちろん直ぐにその段階に入れるわけではなく、その前に「やりとり」までは無理でも自分がやりたいことを相手にするだけとか、相手の働きかけにただ応じるだけ、といった一方通行的な関係はできるようになります。
 
 例えばいないいないばーを楽しめるようになった赤ちゃんに試してみられるといいと思いますが、こちらが続ける限り、笑い疲れてしまうのでもなければ、いくらでも笑い続ける状態になります。つまり、最初は赤ちゃんはこちらの要求にこたえる(いないいないばーに笑うなど)ということが出来始めると、ひたすら「他人の意思」に応じるような状態が見られます。でもこの段階では一方的な関係にとどまり、相手に応じるときはそれだけ、自分から働きかけるときはそれだけで、お互いの働きかけを組み合わせる「やりとり」の関係はまだ早いわけです。
 
 ところがやがて自分のやりたいことと、相手のやりたいことを同時に考えられるような時期がやって来ます。その時、お互いの意思を並べて「いや、自分の意思は相手の意思とはまた別だ」ということに気づくようになるのですね。それまでは「私」か「相手」かどちらかひとつしかなかったものが、「私」VS「相手」という対比で理解できるようになり始めるわけです。
 
 A君の場合、最初の段階で、大人の要求や誘いかけをはげしく拒絶するような行動が見られたわけですから、このレベルで「葛藤を体験できる」段階にまで発達していたことがわかります(※※)。
 
 ところがA君の場合、そういう自他理解に基づくコミュニケーションがスムーズに展開することを妨げる力が働いていたと考えられます。それはA君にとって興味のないこと、やりたくないことを無理やり押し付けられるような環境が最初にあったということです。
 
 相手の要求は感じ取れるようになっているが、「自分はそんなことしたくない」とか「自分は別の事をやりたい」という思いが強まってくるような状態で、A君にはまだそれをどう相手に伝えたらいいか、その手段が獲得されていません。その状態で要求を大人からしつこく無理やり押し付けられることで怒りがたまってきます。そしてそれが暴力的に相手に抵抗する(他傷)とか、自分に対する暴力(自傷)という形で、いわば「暴力的コミュニケーション」の形で出てくるようになったと考えられます。その結果、芽生え始めたその力をさらに伸ばして「やりとり」につなげられることなく、むしろその力が押さえつけられる状態が生まれてしまったわけです。
 
 大内さんは当初は迷いながらですが、この状況を根本的に切り替えるような接し方に変えたことになります。つまり、思う存分走らせたり、紐を振り回させたりしたのですね。
 
 そういう形で「自分の思いを許容してくれる」場ができることで、A君にとってはもうひとつの「やりたく無いことを押し付けられる」場との違いがとてもはっきりとしてくることになります。そしてそちらに行く日だけ夜泣きがひどくなるわけです。それでそちらには行かなくなることで、自然と自傷・他害が消えていくことになりました。そのように問題を整理してみれば、なんの不思議もないごく当たり前の展開と言えるでしょう。
 
 さて、そのようにA君の思いをちゃんと許容する環境が出来て、A君の状態が安定した後、大内さんの関わりかたは次のステップに入っています。それは言葉でのやりとりはまだむつかしく感じられるA君に、「手を強くにぎる」という「合図」を試みたのです。
 
 ここで大事なことが起こっています。大内さんに手を握られて、A君が「にぎりかえす」という形で応答をしてくれたのです。つまりここでは大内さんの働きかけをA君が一方的に受け止めるだけでなく、同じ行動で今度はA君が大内さんに働きかける、という形で、お互いの間に「やりとり」の関係が成り立ったことになります。おそらく大内さんはこの時、A君と自分の気持ちがカチッと噛み合ったような、あるいは通じあったような感覚になったのではないかと想像します。
 
 コミュニケーションと言うのは「私が相手に働きかける(能動)」⇒「相手が私の働いかけを受け止める(受動)」⇒「相手が私に働きかけ返す(能動)」⇒「私が相手の働きかけ返しを受け止める(受動)」という形で、お互いの能動と受動を切り替えながら組み合わせる形で初めてなりたちます。そのコミュニケーションの形が「手を握る⇒握りかえされる」という通じ合いとしてここで成り立ち始めたと考えられるわけです。
 
 私でも多分そのような「握り返し」に大事な意味を感じるところまではいっただろうと思いますが、大内さんはさらにそのつぎに直ぐに進んでいます。この通じ合いの意味を敏感に感じ取ってそれを「走る」とか「曲がる」といった行動への「合図」に結び付けていったのですね。これは私にはなかなか思い付かない展開で、大内さんのすごいところだと思えます。このように大内さんが通じ合いを意思の伝達と理解のコミュニケーションの枠に持って行った(スキャフォールディング)ことによって、A君は「自分の意思で大内さんの指示に応じる」ということを可能にしたと考えられるのです。
 
 それがA君にとって大変に大きな意味を持っていたことは、その後の展開で明らかです。つまり、「す~わって」とか「紐をとってきて」といった言語的な指示にも応じるという、それまでには見られなかった(お母さんも驚きの)姿を次々に示すようになったからです。
 
 今のところはA君は言われたことを理解して応答する、といった受け身の言語理解(受容的言語とも)の段階で、自分から要求に言語を使う(表出的言語とも)といった段階にはなっていないようですが、この先に早晩自分からも言葉を使って相手に要求するようなことがいずれ出てくることが予想されます。そのための準備が確実にできてきているからです。
 
 再度まとめると、次のようなことでしょう。まず最初、自分の意思がはっきりしてきている段階で、それを受け止めずに大人の意思を押し付けてくるような関りがあり、それに対して二次障がい的に自傷・他害が生じ、本来スムーズに発達する可能性の合った意思のやりとりへの展開が抑えられていたのが、そのような不必要な圧力が無くなることで二次障がいが消え、心理的に余裕のある状態が生まれた。
 
 その状態でやりたいことをしっかりできるようになり、その時、「手を握る」といった形で大内さんとの間に通じ合いの関係ができ始め、しかもそれを次に行う事の「合図」として用いられるようになり、A君は「相手の意図を理解する」という手段を獲得し始め、それがさらに「ことば」による働きかけに応じる力にまで発展していた。
 
 以上のような展開だと私は理解しています。では何が大内さんのそのような優れた展開を可能にしたのでしょうか?この点について、次回「当事者による療育支援の意義」で少し考えたいと思います。
 
  
※ すこし突っ込んだ話をすると、これは「真の自分に気づいた」と言う風に説明されることもありますが、私の理解はそうではなく、とりあえずカウンセラーとのやり取りの中で、一応その時点では納得のいく説明ができるようになったことだと理解します。ですから、さらにいろいろ考えていくと理解が異なってくることもありますし、別のカウンセラーとやり取りをすることで違う理解になることもあります。
やり取りの中で作られた「理解」が「事実」と異なって人と共有されてしまうことは「偏見の共有」など、さまざまにみられます。カウンセリングに関連する著しい例はアメリカで一時期大変に問題になったことですが、カウンセラーがクライエントの過去の記憶を引き出すことで父親などによる性的虐待をクライエントが思い出し、それによって父親が裁判にかけられて有罪になる、といった事例が重なりました。ところが実際にはそういう事実がなかったこということで、冤罪であることが確定したりして、大問題になったのです。この場合も、クライエントの不安定な気持ちがカウンセラーとの間で「子どもの頃に父親に性的な虐待を受けた」という偽の「記憶」を生み出し、それで一応自分の苦しみの説明がついてしまったために起こった悲劇です。
その説明で自分がとりあえずは納得する、ということと「実際にそうである(それ以外の可能性はない)」ということは単純には一致しないのです。同じことは療育についての解釈でもいえます。ですから、療育支援を行う側は、常に多様な可能性について開かれた姿勢で柔軟に事例に向き合うことが必要で、何かのひとつの見方や方法を唯一無二の絶対のものとすることはできません。なお、「事実」と異なる「虚構の物語」が人々に共有され、あたかも客観的な真理のようになってしまうという現象については、以前に私たちが行った共同研究でも確認されています。
 
※※ ただ、残念ながら周囲の大人はそれを「発達の大事なステップ」として見ることができずに、単に「矯正すべき問題行動」としか見られなかったらしいことが、「押さえつけるように無理やり椅子に座らせて課題を見させる」といったといった対応の仕方に見てとることができます。「大人にとって」都合の悪い「問題行動」は、実は子ども自身にとっては発達への大きなステップであるということは良くあることです。ただしこの時については、大内さんに見学される、ということで、見られている担当者が緊張して余裕がなくなり、いつもよりA君に対して強引に、力ずくで対応してしまった可能性はありますが、いずれにしてもそのA君の拒否の意味はうまくつかめなかったようです。

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