2021.05.02
理解されないことの悲劇
「母親殺害事件の傍聴記録 「憎かったし愛していた」発達障害を抱えた親子の間に何が」という悲しい記事を読みました。以下はその記事に書かれたことが事実であると仮定しての内容です。
決して「発達障がいだから」殺人事件を起こしたわけではありません。発達障がいの特性に基づいて人との関係を調整する道筋がうまく作れなかったから、母子間の葛藤がどんどんと深刻化して耐え難い状態になり、ついには無理心中を図るに至った結果の殺人だったということです。
記事に書かれた公判廷での供述を読むと、本人も自閉傾向があり、そして殺されたお母さんもその傾向があるように思われ、その二人の傾向がぶつかり合って折り合いがつかず、結果としてお母さんに本人が強く縛られ続け、否定的に評価され続けて苦しんできたという様子が感じられました。証言台に立った専門医もその二人ともに自閉傾向があると考えています。
本人は母親に大声で叱責されたときどうしたかと聞かれ「言い返すと余計に怒るので…我慢して母の言うことを聞くようにしていました。」と答えています。またその時の気持ちを聞かれて「怒りと悲しみです。」と語ります。そしてついには「お母さんを殺して自分も自決しようと思いました」という状態に追い込まれるのですが、なぜお母さんを殺そうと思ったのかと聞かれても「わかりません。事件を起こした責任は認めます。すみません。」というのみで、同じやり取りが10回以上繰り返され、動機や心情を聞かれても、長考しながら同じ答えしかできなかったといいます。
この情報の範囲からの推測にすぎませんが、彼は自分の怒りや悲しみ、強い葛藤の中身を言葉にできなかったようです。なぜ言葉にできなかったのかについてはいろいろな可能性が考えられます。自分自身整理できなかったのかもしれないし、あるいは自分としては何かの形で思うことがあったとしても、それをどういう風に表現したら相手に伝わるのかがわからなかったのかもしれません。
そのいずれの場合であっても、自分自身の強い葛藤を言葉にして人に伝え、ことばによってその葛藤を整理し、またお母さんとの関係を調整することができなかったことは確かでしょう。おそらくそこに至るまで、彼の気持ちを理解してくれる人は周囲にいなかったのだろうと思います。もしかすると彼なりのことばで誰かに表現していたのに、それが相手の人(定型)には理解しにくいものだった可能性もあります。
ことばは人と通じ合うための大事なツールです。でもそれを人と通じ合えるツールに仕上げていくことは、問題が複雑になればなるほどだれにとってもそれほど簡単なことではなく、特に自閉系の特性がある場合はそこが大きな困難につながりやすくなります。伝わらない思いは自分の中に蓄積し、葛藤が厳しいほどやがてその思いが爆発してしまいます。
最近、発達障がい者が被告人となっている別の殺人事件について、その人の供述の仕方を知る機会がありました。やはり自分の供述が相手にどう受け止められるのかをつかみきれず、混乱した供述が繰り返されているようでした。特に自閉系の人は、「どのように事実を伝えるか」という問題以前に、「どうやったらやりとりがなりたつのか」ということに悩み、「事実」を置き去りにしてやりとりを成り立たせる模索をする、といったコミュニケーションになってしまうこともあるようです。冤罪が強く疑われる別の事件について、だいぶ前に担当弁護士さんから話を聞いた時も、そういう特性ゆえの誤解のコミュニケーションが冤罪を生む原因になっている可能性を感じたものでした。
この事件の場合は、誤解に基づく冤罪ということではないようですし、本人も事件直後から謝罪の遺書を書いたり、公判でも贖罪への気持ちを繰り返し述べているようです。けれどもお互いに理解し合うためのことばをうまく育てることができなかった(知的な問題ではありません。大学も出ています)ことから悲劇が生じたという点で、まったく共通する図式がそこにあると思えます。
理解し合える言葉は、相手に理解してもらえることが支えとなって育っていきます。理解してもらえない経験が積み重なれば、ことばは本来の通じ合いの力を獲得することができずに宙をさまようようになります。そして誰にも受け止めてもらえないつらい思いが、自分をむしばみ、そして相手との関係をむしばんでいきます。定型的な感覚ではつかみにくい発達障がい者のことばを、少しでも受け止めて理解できる力を育てること、それが発達障がい児・者の支援には絶対に必要なことです。逆SSTもそのための一つの大事な試みなのだと、改めてその重要性を感じさせる出来事でした。
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