はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.09.15

言うことを聞かない子

 
 
子育てをしていると、子どもが言うことを聞かなくて困ってしまうことが良くあります。
 
原因は様々ですし、一つとも限りません。発達段階によっても意味が異なりますし、子どもの性格や親の性格もあります。文化によっても違います。
 
ですから個別の場合で理解は違い、簡単に一般論では片付きはしないのですが、こういう場合もあります。
 
例えば第一反抗期の頃です。それまでは親の指示は、理解できれば素直に従い続けてきて、そうやって親から振るまいかたを学んでいくのですが、やがて親に言われてではなく、自分の力でやってみたくなります。
 
大人でも自分の力でできるようになりたくて自分で頑張っているときに、回りからああでもない、こうでもないと口出しされると、例えそれが意見としては真っ当であったとしても、反発心がムラムラと沸き上がってきて、あえてそれを無視したり、拒否したりということはあるだろうと思います。
 
そういうことが一挙にたくさん出てくる時期が反抗期だと考えられます。親の枠から外へ出て、自分の意志で動こうとし始めるときで、そういうときは「親には従いたくない」けれど、じゃあ自分一人で出来るかと言えばまだうまくできないので、親は心配になったり文句を言いたくなる。子どもの思いと大人の思いがすれ違い、親から見れば理不尽な「反抗」に見える時期です。
 
例えばこれは発達心理学の野村正吾先生が昔エッセイで書かれていた話ですが、二歳ごろ散歩に行こうとして玄関で靴を履かせようとしたら嫌だと言って聞かない。かといって裸足で連れ出すわけにはいかないので、なだめたりすかしたりしながら何とか履かせようとするけれどもらちが明かず、ついには親の方で我慢の限界がきて「そんなわがままを言うなら連れていってあげない!」と怒り出し、子どもはパニックになって泣き出す。
 
野村先生はそんなとき、子どもに自分で靴を選ばせてみてはどうか、と言います。
 
「靴を履くか履かないか」と言ったぶつかり合いだと、これはどちらも譲りにくくなります。でも子どもの「反抗」が「自分で判断したい」ということが根っこにあるのだとしたら、その時は「靴を選ぶ」というところで「自分で判断したい」気持ちを実現できるようにしたらうまくいくかもしれませんし、それなら親も受け入れられます。
 
もっとも、時には親は頑として動かない壁になって子どもに立ちふさがることも必要で(例えば道路に飛び出そうとするような物理的な危険や、他の子に暴力を振るうような対人的危険など)、そうやって子どもは「自分の思い通りにはならない世界」に気がつき、その中で自分を作っていきます。
 
ですからあくまでもバランスの問題なわけですが、例えば上の例で言えば「外は裸足で歩かない(これは単に危険だからだけではなく、文化的な慣習による文化的な壁にもなっています)」と言った大きな枠は確保した上で、その子の主体的な選択の気持ちをどこまで尊重して育てるか、が大人の工夫のしどころですね。

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