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はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

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2019.09.17

自閉の子の聞き取りにくい「言葉」

まだ言葉が出てこない自閉のお子さんで、何か言葉を言っているように思うんだけど、何を言っているのかが聞き取れない、という状態になることがあります。ところが面白いことにお母さんに伺うとお母さんは何を言いたいのか聞き取れていたりします。

言葉、というより合図と言った方がいいかもしれませんが、その声を聞くと、お母さんは「これを要求しているんだな」ということがわかるわけです。

言葉を習得する、ということで考えると、この声はちゃんとした言葉とは言えないことになります。なぜなら、ほかの人が聞いてもわからないからです。ですから、その状態を見て「ちゃんとした音が出せるように訓練しなければならない」と考える方もあるかもしれません。

私はそうは思わないのですね。ここで一番大事なことは、ほかの人にはわからないものであっても、その子とお母さんの間ではちゃんと意志を伝える働きができてきている。つまり、自閉の子が苦手とするコミュニケーションが成り立ち始めていると考えられるわけです。

言葉はコミュニケーションの道具(※)で、おもちゃで一緒に遊んだりやりとりの経験が積み重なることで、言葉が話せなかった子どもがやりとりのツールとして言葉を使うようになり、言葉を話せるようになっていく。

ですから、この自閉の子はそういうコミュニケーションへの入り口を、お母さんとの間で作ってきていると考えた方がいいと思えるわけです。たとえ今はほかの人とは通じ合わなくても、まずはお母さんと通じ合う世界が少しずつできてきている。それを大事にすることがまずは重要になると思うのですね。

そうやって「通じ合う可能性」を子ども自身が感じ取れれば、通じ合わすことにより意欲が出てきます。その意欲をさらに育てることで、やがて「ほかの人にも通じる言葉」への欲求が出てくればしめたものです。そのタイミングで、必要に応じてよりわかりやすい言葉を獲得するための手助けをしてあげればいいでしょう。

自閉の子に限らず、発達障がいの子は自分にとってやりやすい、自分にとってわかりやすい、自然に感じられるやり方を「そんなやり方はだめだ」と否定されてしまうという経験をしやすい立場にあります。それが将来的には二次障がいにつながっていくことにもなります。その子の特性にあったやりかたを頭から否定するのではなく、それはそれとして尊重しながら、周囲にも伝わりやすいやりかた、理解され、共有されやすいやりかたもそれをベースに育てていく、そういうかかわり方が支援でも大事であるに違いない、と私は考えています。

※ もうひとつ、「思考の道具」という意味もあります。思考には直観的な思考と言って、いきなり答えを思いついてしまうタイプの思考(チンパンジーでも可能なレベルの思考)と、ああでもない、こうでもないといろいろなことを思いながら試行錯誤的に答えにたどり着く思考があり、直観的な思考は「なぜか」ということを説明ができません。ただ「そりゃそうだろう」としか言えない。後者の思考は「こういうことだから」と説明をする可能性が出てきます。そしてやがてその「ああでもない、こうでもない」という試行錯誤が筋道を持ってきて、やがて論理的な思考に結び付く(ピアジェでいえば、前操作期から操作期への展開)。この論理的な思考が可能になるのは、言葉(あるいは記号)を使えるようになる、ということが前提になっていると考えられるわけです(おそらく主語と述語の関係で状況を記述する言葉の力があることで、視点の転換と視点間の関係づけ、構造化が可能になるため)。そのため、言葉のないチンパンジーは直観的な思考を超えて論理的な思考にはたどり着けないと考えることが可能になります。思考の道具としての言葉とコミュニケーションの道具としての言葉と、その二つがどういう関係にあるのか、ということを考えることは、自閉症理解やさらに一般的に言語発達理解を考える時にも大変に大きな問題になると考えられます。

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