はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.10.03

期待することの大切さ

 
 
子どもの成長を期待することと、大人の希望を子どもに押し付けてしまう事とは似ているようで全く異なることです。押し付けの期待は多くの場合逆効果になります。
 
けれども逆に子どもに期待しないこともまた子どもの発達にとってはマイナスに働くこともあります。
 
たとえば私の経験を振り返ってみても、全盲のお子さんについて、こんなことも起こりえます。お母さんは「目が見えないのだから何もできなくても仕方ない」と思われ、あまり積極的に働きかけることもなくなることがあります。
 
おおらかに子どもを受け止めてあくせくしない、と言うこと自体はいいことだと感じます。けれどもそれが「期待の押し付け」とはちょうど正反対の「期待の放棄」とでもいえるかかわり方になってしまう場合もあります。
 
実際、子どもの動き方を見ていると、周囲の状況を自分で一つ一つ確かめ、着実に理解を進めていく、といった様子を見せてくれることがあります。それがとても理にかなっていて、「この子はかなり理解力がある」と感じさせられるのです。
 
ところがお母さんによっては少し極端な言い方をすれば「目が見えない」ことで「知的にも力がない」と思い込まれる場合があるようなのです。
 
そういう場合はその子への理解を調整し、それまで不足していた周囲からの積極的な関わりを豊かにし、経験を増やしてあげるなど、支援スタッフの方もかかわり方を変えることで、その刺激を次々に吸収し、その子が持っていた様々な潜在的な力が伸び始めたりします。
 
人は人の間で育つものです。それは人間関係が苦手と言われる自閉的な子どもでも同じです。そして人と人との関係は相手に期待する、ということを抜きにはなりたちません(※)。
 
期待することが悪いのではなく、その子にあった期待にならないことが問題を生みます。それは逆に言えば期待できることを期待しないことがよくない、と言うことにもなります。
 
私の経験からすれば、最も大事なことは、「その子に合った期待」を探ることだろうと思うのです。
 
 
※ 社会学で「役割」という概念があります。社会はそれぞれの人がその人の「役割」を理解し、それに基づいて行動することによって成り立つと考えられるので、社会の問題を考えるためにその「役割」について研究するわけです。
 この「役割」を「期待」という概念からも考えることが出来ます。「役割」とは他人からその人に期待される行動の集まりとも見ることが出来るからです。それぞれがその「役割」に期待された行動をうまく取れるとき、お互いの関係はうまく働きます。逆にそこにズレが生まれると、関係がうまくいかなくなり、社会が混乱してきます。
 この役割の力は、発達心理学的に言えば子どもに「ちょうだい」と手を出すと手に持ったおもちゃを渡してくれるようになる、といったシンプルな遊びの中にもその初歩的な形が見出されます。そうやってお互いに何らかの期待を持って相手に働きかけあうやり取りの中で子どもは発達し、やがて社会的な「役割」をこなす力を作り上げていきます。

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