はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2020.02.18

「応用ができなくて困ってしまう」子どもの話 1

発達支援の事業所を回って現場のスタッフの応援を日々されている方に、悩みをお伺いする機会がありました。

特に経験の浅いスタッフが抱えやすい悩みのひとつとして、一通り課題をやるのだけれど、子どもが仮にそのやり方について身に付けたとしても、同じような課題で一部が違う問題をやってもらうともう応用がきかなくて、いつまでたっても進歩がなく、スタッフの方がどうしていいかわからなくなってしまう、という話がありました。

なんでそういうことが起こるかというと、これは子どもが形だけ真似をして課題をこなしているだけで、その課題の意味を自分では理解していないからです。だからちょっと状況が変わるともうわからなくなってしまう。

プリントでやるSSTでよく問題として言われるのが同じことです。「こういう場合はこんな風に言いましょう」とか「こんな風に振る舞いましょう」という「正解」を紙の上で知識として教える。繰り返せばどの答えを選んだら正解になるかはある程度は覚えることができます。

ところが現実の人のコミュニケーションは、紙の上の問題のようにきれいに整ったものではないし、その時その時でいろんな複雑な要素が加わってきます。つまり、現実の世界は常に「応用問題」で、私たちが課題を理解するということは、その一つの課題を覚えるのではなくて、たくさんの応用問題の中の「ひとつの例」として理解するのです。

言い換えると課題を習得していく子どもは、「課題の背後にある一般的な意味」をその課題を通して学んでいるのですね。

例えば足し算をプリントを繰り返して練習したとします。そのプリントには

  1+1= 2+1= 3+1= 4+…… 

というような問題が並んでいたとします。足し算の意味がつかめないときは、適当に答えてみるかもしれません。そして1+1=の時は2と答えればいいんだと覚える。 2+1=の時は3と言えば誉められると言うことに気づく。そうすると教えるがわは「この子わかってきたかも!」と思う。ところが8+1=と聞くともうわかんなくなる。

理由は簡単です。その子は単に一つ一つの答を丸暗記しただけだからです。

でも中にはまだ教わっていない8+1でも5+1でもできちゃう子もいるでしょう。「今度こそこの子はわかったかも!」と思って2+3=とやってみるとこれがまた3と答えたりする。何ででしょう?

ひとつの可能性として考えられるのは、その子は単に問題一つ一つを覚えるだけと言うステップは越えて、応用可能な意味を探れたのですが、「最初に書かれた数の次の数を言えばいいんだ!」と言う風に、その意味を誤解したからです。でも足し算の意味ってそういうことじゃないですよね。

なぜそうなるかというと、この子はまだ数というものをよく理解していないわけです。口では数唱ができて、数を文字として読むことはできるかもしれない。でもその文字を数としては理解できていないことになります。

たとえて言えばこういうことです。「いろはにほへとちりぬるを」と覚えたとします。これは文字としては「い」「ろ」「は」……という順番に並んでいますよね。数唱を覚えただけの子は、この「い」「ろ」「は」のように「1」「2」「3」を並べることを覚えただけです。

そうすると、この子に「い」のとなりは何?と聞けば「ろ」と答えられるでしょうし、「ぬ」のとなりは、と聞けば「を」と答えるでしょう。では「い+ろ=」と聞かれて答えられるでしょうか?せいぜい「いろ」くらいですよね。くっつけるだけです。

でもたとえばこんなことを覚えさせたとします。

 「い」+「い」=「ろ」
 「ろ」+「い」=「は」
 「は」+「い」=「に」

そうすると、 +「い」 というのがくっつけば「元の文字の次の文字を言えばあってるんだ」と理解するでしょう。それと同じことを「数字(数ではなくて)」を使ってやっているだけなんだというわけです。だから足し算にならない。(※)
 
 
別の例で説明してみましょう。チンパンジーに数を教える、という話です。

チンパンジーの知能の高さは大したもので、社会性もかなり発達しています。ですから、チンパンジーは自分だけの餌場(蟻塚)をほかのチンパンジーに知られないようにするために、相手をだます、ということまでしたりします。「だます」っていうのは、相手に自分が本当に知っていることや考えていることと違うことを信じ込ませる、というかなり高度な技ですから、これはすごいことです。(※※)

そのチンパンジーに1、2、3……といった数の概念を教えようとします。

やりかたは、物を見せて、1個の時だけある絵文字のスイッチを押すとエサが出てくる、という装置を作ります。2個あるときに押してもダメですし、何もない時にもダメです。もちろん3個以上でもダメ。

そういうゲームのようなことを繰り返すと、やがてチンパンジーは出てくる物がなんであれ、それが1個の時だけスイッチを押してエサをゲットすることを覚えます。ということで1の理解はクリア、ということにして次に行きます。

先ほどと同じように今度は2個の時に別の2用の絵文字スイッチを押すとエサが出てくるようにします。そうするとチンパンジーは混乱してしまって、1個の時にもうまく押せなくなってしまいます。その混乱がある程度続いて、1個の時は1のスイッチ、2個の時は2のスイッチを間違えずに押せるようになる。ということで1と2がわかったということで次に行きます。

今度は3のスイッチを加えるわけですね。そうするとまた混乱して、1と2もわかんなくなっちゃうのです。そしてさらに長い時間をかけてようやく1、2、3を区別して押せるようになる。で、次は4ですね。

やっぱり同じです。1~4までごちゃごちゃになって、前に覚えたはずのものまでわからなくなる。そしてさらにさらに長い時間をかけて4まで区別して押すようになり、5を加えるとさらにさらにさらに長い混乱が必要になる……

人間が数を理解するときにこんなことは普通起こりませんよね。1,2,3,4、……とある程度までわかればあとは自動的にどんどん先の数字も理解できるようになります。さっきのがわからなくなることもない。つまりチンパンジーの数の理解の仕方は人間のそれとは根本的に違う仕組みなんだということがそこからわかってくるわけです。

人間の数の理解の仕方を教えようとして、チンパンジーにできることはひとつひとつのやりかたを個別に工夫したり覚えたりするだけです。それら全体を通じて使える理解ができません。つまりは「応用」ができないということなのですね。
 
 
ということで、最初に書いた「一通り課題をやるのだけれど、子どもが仮にそのやり方について身に付けたとしても、同じような課題で一部が違う問題をやってもらうともう応用がきかなくて、いつまでたっても進歩がなく、スタッフの方がどうしていいかわからなくなってしまう」という話は、子どもが形だけ覚えて意味を理解していないからだ、ということになります。

ではそこで、特に経験の少ないスタッフの人がどうしていいからわからなくなってしまうことがあるのはなぜでしょうか?その理由を次回に考えてみましょう。
 
 

※ 数概念の発達、という目で見ると、このレベルの解き方は、足し算の意味が理解できるために必要な「数概念」をまだ獲得できていない子どもでも可能です。つまり、数を1の次は2、2の次は3、3の次は4、4の次は5…… と、単に順番に並べて覚える力があればよくて(序数的な理解)、足し算や引き算の基礎にある、2は1が2個集まったもの、3は1が3個、4は1が4個集まったもの……、といった単位の集まり(基数的な理解)としての数の概念ができていなくても、一見すると正しい理解ができたように見える答を形だけ出せるようになります。「形だけ理解して意味が理解できていない」ということをここでは数唱ができるような序数的な知識に基づいて形だけ計算を理解しただけで、基数としての数の理解ができていない、というふうに表現することもできるでしょう。

※※ 「「私はAと思っている」と相手が思っている」ということを理解したうえで、「「私はAと思っている」と思っている相手に「「「私はAと思っていた」のに本当は「私はBと思っている」」と相手に思わせる」というとてもややこしい、入れ子入れ子の関係がそこにあるので、かなり高度なわけです。
 

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