2021.09.23
理解が大事だけど理解しきれないこと
発達障がい児・者は、自分が理解されないことにとてもつらい思いを積み重ねている。そしてそのことで追い詰められ、ひきこもったりうつになったり、あるいは自分を守ろうとするかのように人に激しくぶつかって行ったり、逆に自分自身を攻撃(つまり自傷)したり、といった展開になる。二次障がいですね。そう私は感じています。
もしそうだとしたら、その気持ちをしっかり理解することが大事だということになりますよね。もちろんそうなのですが、ここでも言うは易し、行うは難しです。それが決して簡単ではないから、二次障がいはなかなかなくならない現実があります。
じゃあなんで理解するのが難しいのか。これも理屈自体はとても簡単だと私は感じています。まずはお互いの体(医学的には脳が注目されていますね)が異なり、その異なる体を足場に生まれてくる感覚(たとえば感覚過敏とか鈍麻といわれるものもその一部でしょう)が異なり、またそれらの感覚をどうまとめて理解するか(統覚)、その理解の仕方が異なり、そういった異なる感じ方や理解の仕方から、それぞれの人で異なる心理的な体験の世界が作られていきます。
人とのコミュニケーション、そしてその中での相手の理解というのは、それぞれの人が自分の心理的な体験を足場に作り上げていくものですが、そもそもその体験のしくみが上のように異なってしまうと、相手の人の言うことがぴんと来ない、ということが起こります。
たとえば「おなかがすいている」という空腹の感覚。これは私にとっては全然説明される必要もなく、「ああ、あの感覚」と思い浮かべることができます。ところがその「おなかがすいている」ということに気づくことが、一部のASDの方たちには難しく、低血糖状態になってほとんど倒れるくらいになってようやく「空腹なんだ」と気づく、ということがあったりするようです。
……という話を聞いて、「ああ、そういうことか!よくわかった」とすっと納得できるでしょうか?少なくとも私には難しかったです。「え?なんのこと?意味わかんない」という感じがまず先立ちました。だっておなかすいたら空腹感が自然にわき上がって来るじゃない、としか思えないのです。だからそういわれても「わかんない」。
たとえばそういうことなんですね。ADHDやLDの子についてもそうです。なんでそんなミスをするのかがわからない。子ども自身も自分ではそれなりに頑張っているつもりだから、「なんで?」と責められても自分でもわからない。お互いに「理解できない」状態が生まれます。これ、なぜ「お互いに」なのかと言えば、立場を変えてみればわかります。
「あなたはなぜミスをせずにそれができるのか、説明してください」と言われたとします。「いや、それはやっぱりミスしないように注意深くやっているからです。訓練もしっかりしましたし」みたいなことくらいしか、答えようがないのではないでしょうか。数学が得意な人に、「なぜあなたは数学がそんなにできるんですか?」と聞いても、「いやあ、昔から好きだったので」くらいしか答えられないでしょう。
そんなこと言われたって、それができずに苦労している人にとっては、まったく何のことかが理解できません。同じように努力したって、できないものはできないからです。
この例は定型の方が「優れている」と普通は言われる話ですけど、逆だってかまいません。たとえば冒険心。
面白い動画があったのですが、旧石器時代の人が沖縄に3万年以上前にわたってきていることが確実であることについて、彼らがいったいどうやって沖縄の島々にたどり着いたのか、実験して確かめようという研究の話です。
日本に最初に人々がやってきた当時は氷河期で、だいたい北から北海道に入るルート、朝鮮半島から九州方面に入るルート、そして台湾のほうから沖縄に入るルートの三つが想定されています(左の図。出典は国立科学博物館のHP)。当時は今よりも海面が低かったせいで、北海道は大陸と地続きですし、台湾もやはり大陸と地続きです(図の灰色の部分は当時の陸地)。ですからそこは歩いて渡れますが、台湾から沖縄の一番近い与那国島までは100キロ以上あります。
ということはどういうことかというと、沖縄に行くには船しかないわけですが、その船は当時の技術では木をくりぬいて作った丸木舟ということになります。船に乗っても渡る先の与那国島は水平線のかなたで全然見えないということです(計算では50kmくらいまで近づかないと見え始めないそうです)。つまり50kmくらいの間、どこに目的地があるのかもわからない状態で、ただ大海原を小さな丸木舟を必死でこぎ続けて進むしかないということになります。実験では二日以上かかっています。
この航海を実験したみなさんは、たくさんのことを工夫しなければなりませんでした。どうやって丸木舟への浸水に対処するか、どうやって方向を見定めるか、どうやって黒潮の強い流れに負けないようにするか……。そういう技術的な問題はもちろん深刻です。
でも、そういうさまざまな困難をなんとかクリアして与那国島にたどり着いたみなさんに残る大きな謎の一つはそういう技術的な問題ではなくて、「3万年まえのひとはなんでこんな危険なことをして、未知の世界に行こうとしたのか」ということでした。たぶん多くの人が死んだでしょう。でもそれにめげずに「未知の世界」沖縄を目指し続けた人たちがいたわけです。さらに4万年以上前には人類がオーストラリアに到達していて、公開に必要な距離はさらに大きい。
ADHDの傾向はそれに対する答えになる可能性があります。危険を顧みず新たな世界を目指す。その精神のありかたをADHDの特性のなかにある程度見ることも可能だからです。(※)でも、危険を避ける気持ちが強い人からすれば、「すごいなあ」とは思っても、「うん、そうだよね」と感覚的に納得するのは難しいのではないかと思います。
話を元に戻しましょう。そんなふうにある程度通じ合う部分も当然ありながら、けれども大事な部分で「なんで相手はそうなるのか」がぴんと来ない。説明しようとしても伝わらない。そういうことが人と人とのコミュニケーションではよく起こることです。それが発達障がいと定型発達という、割と大きく異なる特性を持った人同士の間ではさらに起こりやすくなる。
そうだとすると、「気持ちをしっかり理解することが大事だ」と言ったところで、はたしてどこまでそれが可能なのか、ということについて、やはり感覚的には理解しきれないところが残る、ということは前提に考える必要も出てくるでしょう。じゃあどうしたらいいのか。その部分について、これから少し考えてみたいと思っています。
※ 時代はずっと下って、今から2500年ほど前の中国の春秋時代末期には越に滅ぼされた呉からかなり難民が弥生時代の日本に来たという話もありますが(呉音、呉服などはそのなごりでしょうか?九州地方を中心に、かつての呉の地方の人と同じ遺伝的特徴を持つ人々がひろく存在しているとも聞きます)、3万年まえはおそらくそういう難民という形ではなく、ある種の冒険心で渡ってきたと考えられています。
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