2022.02.08
当事者の気持ちを知らない支援
研修で発達障がい当事者の大学生,森本陽加里さんにご自身の経験や支援への思い,さらには高校時代以来これからの支援ツールとして開発を進められているFocus onの話をしていただきました。
研修のタイトルは「当事者大学生から見た支援」で,趣旨はもちろん「当事者の視点を大事にした支援を考える」きっかけとすることです。
受講者の感想はとても学ぶことが多かった,当事者と支援者の認知のズレや当事者の苦しみなどが感じ取れた,今後の支援に大事な手掛かりをもらえた,などとても好評ですが,そういういろんな感想を読んでいて,「とても良かったと思います。当事者の気持ちを知る機会はあまりないので。」というものに出会って,一瞬そのまま読み流しそうになってから,ふと立ち止まって考えてみると,これは大変なことだなと思えました。
もちろん感想が大変なのではありません。そういう感想が自然に多くの人から出てくる(そして読んでいる方もつい自然に読み流してしまうような)今の療育支援の状況が,よく考えてみると極めておかしいということに気づくのです。
「当事者の気持ちを知る機会があまりない」というのは素直な感想だと思うのですが,でもこれは不思議なことです。なぜなら支援者は毎日当事者に接しているからです。そして当事者のためにということで支援を行っています。素朴に考えれば日々「当事者の気持ち」に出会っているはずです。ところがそれを「知る機会」はない,というのですから……
ということは,支援の中で当事者の気持ちには出会っていないことになります。当事者の気持ちを知らないままに支援が成り立っている。
「知ろうとしても理解が難しい」ということはあります。私などもなんとか当事者の気持ちを私なりに理解しようと努力はしますが,ほんとにむつかしく,自分の力のなさをいつも思い知らされます。でも「知る機会」はたくさんあります。理解が難しいだけで。
ということは,「当事者の気持ちを知る機会があまりない」という感覚の中での支援は「当事者の気持ちを知る」必要がない形で成り立っているものだということになってしまいます。これ,すごいこと(大変なこと)ではないでしょうか?
でも,このことは決して偶然にたまたま起こったことではなく,改めてこれが今の発達障がいへの支援(広く言えば障がい者支援)に普通に成り立っていることではないかと思えてくるのです。
事例検討などの中でいろいろな資料が提示されますが,たとえば診断名や診断基準,WISCなどの心理検査の数値,「障害の状況」など,どれを見ても「平均」を基準としてそこからのズレの大きさとして表現されています。「平均」をとれば基本的に世の中の多数派を占める定型的な姿が基準となります。そこには「周囲が困る事」はよく書かれていますが,当事者がどんな思いで生きているのかについては書かれないか,ほんの補足的に触れられるにとどまるのが普通です。つまり「当事者の気持ち」を知る必要がない形で,「外部の人間からの判断」で成り立つようにいろいろな情報が組まれているのです。
もちろん「定型の平均」から離れるほど,定型との間に葛藤が起こりやすく,その結果「困難」が生じやすいことは当然です。だから「平均」との差を「困難になる可能性の大きさ」として知ることにも意味があります。でも支援にとって最も大事なのは「この人がどれだけ大きな困難を抱えているか」ではなく,「その困難な状況をどうやって乗り越えて行ったらいいのか」ということを周囲の人と共に「お互いに工夫する」努力をしていくことです。
つまり,そこで大事な支援は,当事者の視点から見て,「この生きづらい状況をどうやって主体的に乗り切っていくか」という工夫を一緒に探っていくことでしょう。そこで支援者の側は「当事者自身の気持ちを当事者の立場に立って知る」努力を行うことが大前提となるはずです。その大前提が多くの支援では十分に共有されておらず,その状態が「普通」になってしまっている場合が多い。だからこそ目の前にいつも当事者がいるのに「当事者の気持ちを知る機会があまりない」という感想がさほど違和感なく出てきてしまい,読む側も「ああそうだよね」と思ってしまう状況が生まれることになるわけでしょう。
あらためて問題の深刻さを思うと同時に,「当事者視点を大事にしたこれからの支援」を模索していくことの重要性を確認する思いがします。
定型の側にも当事者視点の理解の力を少しでも育てていくために,森本さんには第四回逆SSTでも出題者としてご登場いただく予定にしています。
- 自閉的生き方と「ことば」2
- 自閉的生き方と「ことば」1
- 自分を「客観的に見られない」理由
- 「なんでこんなことで切れるの?」
- 当事者視点を踏まえた関係調整としての支援
- 「定型文化」と「自閉文化」
- 傷つける悲しみ
- 自閉と定型の「傷つけあい」
- 「社会モデル」から「対話モデル」へ
- 障がいと物語: 意味の世界を重ね合う試み
- 誰もが当事者:わたしごととしての障がい
- 規範意識のズレとこだわり
- 「コミュ力低い」で解雇は無効という判決
- 「カサンドラ現象」論
- 「嘘をつく」理由:それ本当に「嘘」なの?
- 自閉の子の絵に感じるもうひとつの世界
- 発達心理学会で感じた変化
- 落語の「間」と関係調整
- 支援のミソは「葛藤の調整」。向かう先は「幸福」。
- 定型は共感性に乏しいという話が共感される話
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