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はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

    ブログ総目次(リンク)はこちらからご覧いただけます。

2022.02.10

定型発達者と発達障がい者のズレを研究する

自分が体験したことがまったくないことについて,相手の人から一生懸命説明を受けたとしても,なかなかピンとこなかった,という経験はないでしょうか。

逆に相手の人が全然体験もしていないことについて,なんとか自分の経験を伝えたいと思って一生懸命説明しようとするんだけど,どう説明してもうまく伝わった感じがしない,と思ったことはないでしょうか。

 

高校時代に初めてある程度本格的な登山をしたとき,頂上でたんに梅漬けを混ぜただけのシンプルなおにぎりを食べたのですが,信じられないくらいにおいしく感じました。普段なら絶対にそんなふうには感じず,とても貧しい食事のように思えたはずです。その時はこんなにおいしいものは食べたことがない,くらいの勢いで感激しました。普段はおいしいと思うほかの料理など,その時は何の魅力も感じず,仮にそこにあったとしても全く食べたいとは思わないと感じました。

「まあお腹すいてればそいうこともあるかな」くらいには理解されるかと思いますが,同じような体験をされたことがない方にはそれがどれほど感激的だったかはちょっとリアルには想像できないのではないかと思ったりします。

これも以前,フィールド研究で中国東北部の貧しい地域に調査に入ったとき,記憶する限り生まれて初めて全く電灯など人工的な光のない「真っ暗な夜」を経験しました。でもお月様は出ていました。そしてその真っ暗な夜に道を歩いていると,はっきりとまわりの景色も道も見えるのです。水たまりなどもはっきりと見えました。あるのは月明りだけ。普段なら人工的な光に隠れて全く感じ取れない月明かりが,どれほど「明るい」ものかということを思い知った体験でもありました。

夜道は暗くないのです。月さえあれば電灯は必要ない。驚きでした。思えば大昔,たとえば砂漠を旅する人が,極端に暑い昼間は休んで夜中に移動した,といった話を読んで,なんで夜中に歩けるのか,といぶかったことがありましたが,そういう経験をすれば,さもありなんと思えます。

そういったことは,似たような体験をされた方なら「うん,そうだよね!」と共感的に理解されるかと思います。でも体験をされていない方の場合は多分実感が伴わないままにせいぜいのところが「まあそういうこともあるのかなあ」くらいの感じでしょう。

 

発達障がいの方の中に,しばしば「感覚過敏」と言われる特性を持つ方があります。平均的な人では気ならないような感覚的な刺激がつらくてしかたない,といった状態を指す概念で,つらい刺激は人によって音であったり,触覚であったり,光であったり色々です。その中に蛍光灯の光がつらくて仕方ないという方もありました。蛍光灯は鈍感な私にはずっと点灯しているように見えますが,敏感な方から見ればものすごいスピードで点いたり消えたりを続けているのがわかるそうです。交流ですから東日本なら一秒間に50回,西日本なら60回それを繰り返すわけですね。

ずっとその状態を見続けるのでつらくて仕方ないそうです。でも全然ぴんと来ません。あえて言えば,切れそうになった蛍光灯がチカチカしだしたときに不快な思いをすることがあるなあ,というところからその状態を想像するくらいです。

ではLEDの光ならどうでしょう?あれならずっとつきっぱなしの状態です。ところがその方は「槍で突き刺されるような感じ」と表現されていました。もうびっくりです。まあ目に槍が突き刺さったら痛いだろうなとは思いますし,そのくらいというのはすごいなあとは思いますが,その状態が続いているというのをリアルに想像するのはむつかしい感じです。

 

それがどれほどつらいことなのかを,本人から話を聞いても実感しにくいので,「まあ大変だね」と気楽に思うくらいになってしまい,本人が持っている深刻さをなかなか共有できません。ですから,本人がそのつらさをいくら周囲に訴えても,「気にしすぎだよ」程度の対応をされることが多いのですね。

それで,自分が感覚過敏の特性を持つとまだ認識していない人の場合は,「そうか」と思わざるを得ません。だって「みんな同じような体験をしているはずだ」と思い込んでいますから。だから「みんなこんなにつらい刺激を我慢してるんだな」と思い,自分も我慢しなければならないのだろうなと思う。でも実は全然違うんですね。周りはそんなつらい思いをしないで,その点では実に「気楽に」生きているわけです。

そのことを知って,びっくりしてしまう発達障がいの人は決して少なくありません。「みんな同じような苦労をしていると思っていたのに!」というわけですね。

 

定型の側はそういう当事者の辛さが実感できず,場合によっては気づきもしないことがあり,そのつらさでいろいろうったえてくる当事者について,「大げさだ」「我慢が足りない」「わがままだ」と感じてとりあわなかったり,ときには「うるさい!いい加減にしなさい!」と怒り出す場合もありえます。もちろん同じレベルのつらさを感じているのであればそれはそう責められても仕方ないことがありますが,でもそこに深刻な違いがある場合は,そういう対応は全く間違っていると言えるでしょう。そんなことを言えるのは,その人が気楽な立場だからというだけのことだからです。

……,と,理屈ではそうなるんだと思うんですが,でもそもそも「相手がどの程度深刻にそれを感じているのか」ということを実感を伴って理解するということ自体がとても難しいことですよね。違う身体を持っている人間同士,相手の体験をそのまま自分も共有することはできることではないので。体験している世界自体にズレがあるとき,どうやってお互いを理解し合えるのか。このことが「異質なもの同士の共生」にとってほんとに一番重要な追及すべき課題だと思います。

 

さて,そういう深刻な課題を抱え,私たち研究者は何を研究したらいいのでしょうか。一体そういう問題をどうやって研究することができるのでしょうか。

……ということで,今度私も参加している「文化理解の方法論研究会」で,以下のようなzoomシンポを行います。お互いに異なる体験世界を持っている人同士,コミュニケーションの中でどうやって共有する理解を作っていこうとするのか。言語的コミュニケーションの仕組みを研究する会話分析という手法や,言語にとどまらずに体の動きなどを含めて他者との理解をどう作っていくかを研究する相互行為論という研究の視点から,定型発達者と発達障がい者の間のズレを含んだコミュニケーションを分析していく立場からの発表や,当事者として支援の中でズレたコミュニケーションを調整しつつ理解を作り上げていく経験の話題,また逆SSTが模索する対話的相互理解実践の話を組み合わせて議論してみることで,「異質なもの同士の共生」にむけた研究のこれからを考えていく場になると思います。

お申込みいただければどなたでも参加できますので,よろしければ以下からどうぞ。

案内ページ http://rcsp.main.jp/mc/profile1.html

参加申し込み http://rcsp.main.jp/mc/form3.html

 

3月20日(日)14時~

発達障がい者と定型発達者のコミュニケーションを考える:
相互行為分析,ディスコミュニケーション分析,そして逆SST

企画趣旨)
自閉症など,発達障がいの「特性」 による「困難」の多くはその人の「身体の中」ではなく,主として周囲の人々とのコミュニケーションの中に「関係の問題」として現れます。そこで「障がい」をその人の内部の問題としてではなく,コミュニケーションの困難に現れる「関係の質」の問題として読み解いてみる。それが今回の研究会の議論で重視する視点となります。
定型発達者と自閉症者などの発達障がい者のそれぞれのコミュニケ ーションにはどのような特徴があり, それがどのようにずれているのか。そのようにずれた特性を持つ者同士の間でどのように意味の共有理解が模索され,達成され,または破綻するのか。
今回のシンポジウムでは,療育支援に現場で携わる当事者の方や,関連する実践的・理論的研究を行っている研究者の方たちと共に,当事者の視点から見えてくるズレや,療育支援のやりとり,家族内でのやりとりの中に浮かび上がるズレを素材に会話分析を含む相互行為分析,ディスコミュニケーション分析の視点,そして逆SSTという対話的相互理解実践の視点から何が浮かび上がるか複数の視点を交差させながら議論してみたいと思います。

話題提供:
①大内雅登(発達障がい児支援:こどもサポート教室・ 発達支援研究所)
「自閉系者の発話意図を定型発達者が誤解しないために必要な視点」
②高木智世(言語学:筑波大学)
「相互行為における共振・協働・協調:ASD児同士の余暇活動の相互行為分析」
③山本敦(認知科学:早稲田大学)& 牧野遼作(認知科学:広島工業大学)
「相互行為分析は非定型的相互行為をいかに記述できるか?――行為”理解”の構造に着目した探索的検討」
④渡辺忠温(文化発達心理学:発達支援研究所)
「『お互いに』の前の『お互いさま』を育てるために~逆SSTから始まる対話的関係調整」

 

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