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はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

    ブログ総目次(リンク)はこちらからご覧いただけます。

2022.02.03

就労への気持ちを妨げるもの,支えるもの

これまでの「障がい者」のみなさんとのコミュニケーションの中で,ほぼ確実に思えることがあります。それは多くの「障がい者」の皆さんが「自分を肯定的に受け止められないこと」にずっと悩み続けている,ということです。

就労移行支援の事業所を対象とした事例検討でも,「○○がうまくできない」などの話はだいたいがとても表面的なことです。現場のスタッフの皆さんが支援の仕方で本当に悩まれているのは,実際はそういうレベルの話ではありません。

もちろん一部には認知的な特性などの結果「理解しにくい」ことが原因となってうまくできないことはありますし,その場合はどうやったらうまくやりやすくなるかの工夫を一緒に考えることが大事です。そういう時にはいろいろな「テクニック」が役立つこともあります。

しかしそのような場合も含めて,「うまくできるように頑張る気持ちになれない」とか「自分に合わない形でいろいろ強制されることがたまらない」といった,前向きにはなれない心理的な葛藤が困難のベースにあることが,事例を丁寧に見ていけばよく見えてきます。そして現場のスタッフの皆さんは,ほんとに被支援者のために力になろうと一生懸命になっても,その気持ちが伝わらず,無視されるように感じたり,あるいは拒絶されることに深く悩まれています。

もともとそういう根っこのところの問題がなければ,ちょっとした工夫で「障がい者」の枠には入らずに社会に「適応」できるようになりますし,そうであればわざわざ制度的な支援を受ける必要もないわけです。逆に言えばそういう支援を必要とされるようになるケースは,基本的にはそういう根っこのところの葛藤を抱え続けていると考えて,ほぼ間違いないだろうと私は感じています。

 

では被支援者の方がそういう困難な状況を乗り越えていかれるのは,どういう道筋によってなのでしょうか。

研究所では去年,公開講座「多様な『学び』で変わる支援 ~障がい当事者の可能性を広げる新たな試み~」を行い,そこで私は高校時代以降,20年くらいも引きこもり的な状態になって悩み続けられた水越真哉さんにインタビューをさせていただきました。途中,一度は就労に挑戦され,しかし職場からは継続を期待されながらもやはり力尽きたかのようにまた退職せざるを得なかった,という経験もされています。

その後,「もっと学びたい」という昔からの思いがだんだんと復活していく中で,支援を必要とする方の学びの場として作られたみんなの大学校の学生になり,私の講義にも積極的に参加され,ほんとに前向きになって行かれた方でした。

水越さんからは私はとても多くのことを学ばせていただいているのですが,最近のやりとりの中で,こんなことを書いてくださいました。ご本人の許可を得て,その一部をご紹介します。

 

回復への道につながったのは、ボロボロに信じられなくなった自分をもう一度信じ直していく作業でした。
更に今に至って浮かぶ言葉は「あるがままに」です。
自分の信じられなくなった項目ひとつひとつを、確認しながら自分に戻していくということです。
このようなことを自分ひとりでやってきましたが、みんなの大学校に入り
引地さんはじめ人とコミュニケーションをすることによってより確かなものとなって来たようです。

……中略……
そして、ここからは「どうやってこの世の中で食べて行こうかな」です。

 

引地達也さんは研究所の客員研究員もお願いしている方で,みんなの大学校の学長もされ,また就労移行支援,就労支援などでもさまざまな形で取り組んでこられた方です。このブログでも何度か紹介しましたが,引地さんの支援の基本は徹底したコミュニケーションです。とにかく相手の人の言うことをしっかり聞き,理解しようとし,そこを足場に話し合い,ある意味「鏡」となって相手の人の自己理解と他者理解を深めていく。

そういうかかわりの中で,これまで他人から否定的にしか見られなかった自分の思いが肯定的に受け止められ,そこから自分の気持ちが他者に対して開かれていき,改めて自分自身に合った形で周囲の人たちとの関係を築き直していく,という前向きな力が育っていくように私には思えます。カウンセリングで「受容」ということがとても重視されますが,ここには表面的な受容を超えた「その人の存在そのものを受け止めようとする」という本当の意味での受容が模索されているように感じます。

 

そういう引地さんとの出会いが,それまで孤立しながらも必死で自分を取り戻そうと頑張ってこられた水越さんを次のステップへのいざなったのでしょう。そうやって自分を他者とのコミュニケーションの中で確かめていかれることで,今回いただいたメールでは「学ぶ」という世界からさらに「働く」という次の世界へと踏み出そうとされているようです。

 

そんな水越さんのお話を伺って,改めて思いました。障がいという困難への本当の支援とは,その人の思いを受け止める努力の中で,ともすれば空回りしてしまっているその思いをどうやったら次に進められるのか,どうやって周囲の世界とつなげるのか,そのことを一緒に考えていくこと以外ではないのだと。そういうつながりができたとき,人は「学び」によって自分を高め,さらには「働く」ことによって人々の中で,社会の中で積極的な役割を持ちたいと思えるようになるのでしょう。

もちろんそうやって人々の中で自分が役割を持てているという肯定的な感覚は,その人の人生にとっての大事な「幸せ」の要素ともなるものです。支援が目指すのは,結局のところそういう「幸せ」を拡大していくことではないでしょうか。

 

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