2023.07.03
R君の積み木(12)
カナータイプの自閉症のR君がひたすら積み木を並べている状態から,そこに周囲が「見立て」を見出す中で,他者への注目や要求が増えていき,やりとりの力が育っていった過程をご紹介した「R君の積み木」シリーズの最後,11回目を書いたのはもう3年近く前になります。
その後コロナもあって各地を回ることも出来なくなり,R君の状況を教えていただく機会も長いこと途絶えていたのですが,今年小学校に入ったR君について,また時々担当の石黒先生からお話を伺うことがあり,お母さんもまた新たに悩まれていることも多くあるとのことで,最近現地の方に行く機会があったので,久しぶりにR君とお母さんに会ってきました。
いろいろな事情で最近教室に通えない日が続いていたR君ですが,私がお伺いするということで,お母さんも喜んで頑張って二人で来てくださいました。
けれどもR君は入り口で大きな声で泣いて入ることに抵抗します。彼の発達レベルや状況などから考えると,おそらく「見通し(この先何が起こるのかの予想)が立ちにくい」ことへの抵抗感が原因だろうと考えられます。最近目立っていたという膝を地面に打ち付けての自傷行為もあったようです(私は中にいて直接は見なかったのですが膝にあざがありました)。この自傷行為はR君なりの「拒絶」や「抗議」の表現方法なんですね。
それでもなんとか先生たちになだめられて入室したものの,やはり中では大声で泣いていました。お母さんが深刻な表情でその様子をご覧になられている中,私は例によってまたR君の行動や,石黒先生とのかかわり方をお母さんに「実況中継」していました。
石黒先生がR君のペースに合わせて彼のやりたいことをうまく受け止め,見たい図鑑を見つけてきていっしょにそれを見たりしているうちに,R君はすーっと落ち着いてきて,やがて笑顔も出て図鑑をさかんに指さしたり,先生の手を取ってそれを触ってもらったりと一緒に楽しみ始めました。興味のあるものについては,かなりたくさん「専門的」に名前を言えるようになったりしているようです。
そのうちにすっと石黒先生の膝の上に乗って体を預けながら図鑑を楽しみ続けるのを見て,私はお母さんに「本当に成長しましたね」,とまた実況中継やその解説をしていました。
ますますR君の笑顔が増えていき,やがて私がお母さんと話をしているうちに,気が付くと石黒先生と一緒に追いかけっこ&初歩的なかくれんぼ的な遊びを笑い声をあげながら始めていました。
追いかけっこは「追いかける人」「追いかけられる人」という違う役割をそれぞれがとりながら遊ぶ,やりとりの形をとった簡単な役割遊びの一種になります。またかくれんぼは「見えない相手をイメージして探す」「相手に見えないように自分を隠す」といった「直接見えないイメージ世界でのやりとり」を含んでいて,それができるようになるということは,それだけR君のイメージ世界が他者を取り込む形で発展してきたことを示しています。
3年前,ひとりで積み木を並べて(たぶん列車に見立てて)その見え方を楽しんでいる状態とはまるで違い,また当時の行動レベルで「人と共有された世界」を超えて,イメージのレベルで「人と共有された世界」を作り始めているという,ほんとに劇的な成長を遂げている様子が見えました。
もちろんいわゆる「定型の子」に比べると,そのスピードはゆっくりです。また声やことばの使い方など,自閉の子に独特の特徴を持っています。けれども,R君はR君なりに,自分にできることをベースにしながら,いろいろ工夫してしっかりと一歩ずつ世界を拡げ,人との共有関係を深めていっている。その様子がとてもよく見て取れました。
そうやって声を上げて喜びながら走り回って遊ぶうち,R君はときどき嬉しそうに私の横にいて一緒にお話をしていたお母さんのところに走り寄ってきて抱き着いたり,またほほを寄せたりしていました。うれしい気持ちをしっかりとお母さんと共有しているわけです。
「R君の積み木」でご紹介した内容については,最近講演などでも自閉的な子の初期のコミュニケーション発達の一つの典型的な例として紹介させてもらうことがあり,そうやってお世話になっていることについてお母さんにお礼を言ったのですが,そうしたらお母さんはまたそういう機会があったら聞いている皆さんに自分の経験をメッセージとして伝えてくださいと言われました。正確ではないですが,だいたいこんな趣旨のことでした。
私はR君についての山本先生からR君のお話を聞くと元気になって,楽しくなって,自分は今まで何を悩んでいたんだろうと思い,R君も楽しくなって,家に帰ってもそんな気持ちで過ごすんです。
R君について,その振る舞いの意味や成長のポイントを説明されることで,ゆっくりの変化の意味が読み取れず,うまくいかないことなどに悩んでいたこと,自分のR君へのかかわりに意味を感じられなくなってしまいそうになる状態が緩和されることになるのでしょう。
そうやってR君との世界に意味が見えてくるとき,そしてR君の成長や喜びがそこで感じられるようになる時,かかわりもまた改めてポジティヴなものとして感じ取れるようになってくる。そうすると,そのようなかかわりに支えられてR君もさらに成長をしていく。
そんな好循環の例をまた見せていただいたように感じますし,この好循環を生むことが支援にとってまずは一番大事なことだろうと改めて思いました。
- 自分を「客観的に見られない」理由
- 「なんでこんなことで切れるの?」
- 当事者視点を踏まえた関係調整としての支援
- 「定型文化」と「自閉文化」
- 傷つける悲しみ
- 自閉と定型の「傷つけあい」
- 「社会モデル」から「対話モデル」へ
- 障がいと物語: 意味の世界を重ね合う試み
- 誰もが当事者:わたしごととしての障がい
- 規範意識のズレとこだわり
- 「コミュ力低い」で解雇は無効という判決
- 「カサンドラ現象」論
- 「嘘をつく」理由:それ本当に「嘘」なの?
- 自閉の子の絵に感じるもうひとつの世界
- 発達心理学会で感じた変化
- 落語の「間」と関係調整
- 支援のミソは「葛藤の調整」。向かう先は「幸福」。
- 定型は共感性に乏しいという話が共感される話
- 大事なのは「そうなる過程」
- 今年もよろしくお願いします
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