はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.08.17

障がい観の「発達」

 
 
 「発達」と言っても、単に私個人の中での変化のことです。
 
 障がい、と言っても私の若いころは身体障がいでなければ知的障がいのことで、今のように知的な遅れを伴わない「発達障がい者」は障がいとして取り上げられることはほとんどありませんでしたので、つまりは知的な遅れを伴う多動や自閉、あるいはダウンなどのお子さんの事です。
 
 そういうお子さんたちと、知的障がい児通園施設や、あるいは京大病院の助手で川野先生と言う方が、京大教養(当時。現在の総合人間学部)の中島誠先生という、やはり発達心理学をされていた方と一緒にされていた、障がい児とその家族さんを集めての夏合宿その他の催しに参加させていただいたり、いろいろな場で付き合うようになった頃のことです。
 
 それまで私の身近には知的障がい児の知り合いはありませんでしたし、小学生の頃は「特殊学級」というい名前だったか、学校の建物の一番奥まったところに障がい児を集めた教室があったものの、そのころは「通級」とか「交流」などは全然ありませんでしたし、どんな子が来ているのかもほとんどであった記憶がありません。今考えると見事なまでに「隔離」されていたのでしょう。それが当時の「障がい児教育」でした。
 
 というわけで、初めて障がい児たちと触れ合うことになって、とにかく戸惑いばかりだったように思います。
 
 そのころの私の「障がい児」への感覚は、「大変だなあ」という「同情」のような感じに近かったと思います。もちろんそういう「同情」という感覚は「健常の自分が、健常になれない障がい児をかわいそうに感じる」という「上から目線」の感覚を無意識に含んでいるので、実に鼻持ちならない見方、場合によっては差別的な要素を持つものともいえるのですが、そんなことを考えることもできない状態で、「同情」の思いがありました。
 
 でも、そのうちに、ある逆転が起こり始めたのです。それはそれまで自分が経験もしなかった大変な状況の中で、それでも頑張って生きている子どもたち、という風に感じられるようになって、それに比べてじぶんはなんと気楽に生きているのだろう、と、むしろ自分の卑小さ、それに比べての子どもの「偉さ」を感じるようになったのですね。
 
 つまり、その前は上から目線で「同情」の対象になっていたのが、今度は下から目線(?)で「尊敬」の対象になったという、裏返しが起こったのです。この時期は結構何年間か続いたような気がします。
 
 それが何がきっかけだったのか思い出せませんし、特にきっかけもなく徐々に起こった変化なのかもしれませんが、「ああ、結局は同じ人間なんだな」と感じるようになりました。横から目線(?)でしょうか?
 
 具体的な形は全然違うんだけど、その子はその子なりに自分の持って生まれたもの、生まれついた環境の中で自分なりに頑張りもするし、めげもするし、喜びもするし、いじけもするし……、そうやって生きています。翻って私自身も、別にこの体や性格を持って、この親の元に生まれたくてそうなったわけではなく、ただ与えられた事実としてそういう条件を抱えて生きていて、それに応じて頑張ったりしょげたり、成功したり失敗したり、人に傷つけられたり傷つけたりして生きています。
 
 そんな風に考えてみると、結局おんなじじゃん、という気がしてきたのです。それぞれがそれぞれの状況の中で頑張って生きている。その中身が異なっていても、それはそれだけのことで、だからどっちが偉いとか偉くないとかは全然ない。そんな感覚になっていったんですね。
 
 いったんそうなってから後は、あまり自覚できるような変化はないように思います。
 
 そういう感覚で子どもたちと接していると、「かわいそう」とかいう感覚はまずおこりません。改めて今考えてみても、その後にそういう感覚が起こった記憶がありません。お母さんとその子について話していても、たとえば子どもがパニックになりやすくてすごく悩んでいることを伺っても、大変だなとは思いますし、何か状況を変える手がかりはないものかと考えはしますが、やはり「同情」という感覚にはならないんですね。
 
 それよりその子が何に怒りを感じているのか、何を解決しようとして(それが思い通りにならないために)激しく怒っているのか、そのことの方が気になります。その怒りはその子が今の状況を何とかしようとする、その子なりの努力の形だという気がするのです。ただ、うまく解決する方法が見つからなくてそんな形になって現れているだけのこと。そんな気がするんですね。
 
 先日もある知的障がいを伴う自閉症のお子さん、コミュニケーション(社会性)の発達も、まだ言葉を獲得する準備にまでは至っていないお子さんをお母さんと一緒に見る機会がありました。ご許可を頂いて少しご紹介すると、そのお母さんは悩みながらほんとに一生懸命その子の成長を願い、どう関わっていいのか迷い、でもその成果を感じ取ることが出来にくい状況で、疲れていらっしゃるように感じました。
 
 私はお母さんの横で一緒に床に座りながら、子どもが時折「キー」とか声を上げながら、一生懸命積み木を並べている様子を見て、そしてその子のやっていることをお母さんに「実況中継」しました。「あ、いま○○君、こんなことしましたね。」「今度別の並びを作り始めましたね」「(横で先生が縦に積み上げている積み木を)ちらっと見ましたね」「今度倒しましたね」「倒して自分でちょっと作り始めましたね。」「もうひとつ横に作ってますね」「寝っ転がって作品を覗いてますね」……
 
 そして時折自分の知識を活かして「これ、一つだけ作るより、二つ並べて作るようになるのはすごい展開なんですよ。横にしか並べない状態から縦にも並べられるようになるものそうです」と「解説」を加えてみたり、「なんか悦に入ってますね!」「あれ、今ちょっと笑いませんでした?」「笑ってお母さんのことちらっと見ませんでした?」「あのキーっていう声、なんとなくリズムや抑揚を感じますね」「もしかすると、あれって列車の停止音とかを再現してるんでは?」……などと「解釈」を付け加えてみたりしてました。
 
 お母さんは「あ、そうですか?」「うーん、そうなんですかね」などとおっしゃっていたのですが、そのうちにふと、「先生(山本の事)のお話を聞いていると、『自分はこれまで何を悩んでいたんだろう?バカみたい』という気になってきました」と笑顔で言われました。
 
 私は単に一方的に「実況中継」していただけで、特にお母さんの悩みの相談にのっていたわけでもなんでもないんです。でも少なくともその場では、お母さんはふっと気が楽になったような様子をされていました。なんでかなと思うのですが、多分私が子どもの「頑張り方」を少し伝えられたからではないかなと言う気がしています。
 
 大人の基準、大人の目線、あるいは「健常児の目線」からすると、「この子は何を意味のないことをやり続けているんだろう?」と思わざるを得ない状況です。でも実はそれはそれを見ている大人の目線の中で意味が見えないだけの話で、実はその子の中ではちゃんと意味がある。その活動の中で、その子なりに自分の世界を作り上げ、展開しているのだと私は感じます。
 
 もしかするとそのお母さんは、「わけがわからない」と思っていたお子さんの活動の中に、少し「意味」を、その子の文脈の中で感じられたのではないか。そうやってその子がその子なりに頑張ったり楽しんだりしている世界に、多少なりとも触れられたように感じられたのではないか、そんなことを感じました。
 
 いろんな困難も抱えながら、でもその子なりに頑張っている姿を見出すのは楽しいものです。応援したくもなります。そんな自分の感覚を、悩んでいるお母さんにも多少は伝わる形であらわすことが出来ることが出てきたことが、もしかするとその後の私の「障がい観の発達」なのかもしれませんね。
 

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