はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.08.17

世間の目とのはざまで揺れること

 
 
前のブログ、<障がい観の「発達」>に早速横山草介さんからとても刺激的な意見をいただきました。
 
横山さんは現在東京都市大学人間科学部児童学科で幼稚園の先生の卵を教えながら、ご研究としてはブルーナー(※)の「意味の行為」の議論について、突っ込んで考えられている方です。晩年のブルーナーとメールを交換してその議論について意見を聞いたりもされ、ついこの間も博士論文をまとめられた「ブルーナーの方法」という野心的な本を出版されています。
 
今回メールでいただいたのは、こんなご意見でした。
 

 お母さんはお母さんの(あるいは社会規範的な?)文脈のなかでお子さんの振る舞いをみてこられて、そこにはおそらく「健常」とか「ふつう」とか「ねばならない」とか、そういった言葉がいつもあり、そのあたりで苦悩を抱えて日々を過ごされていたのではないか、と感じました。
 そこに山本先生は、その子の積み木遊びや、発声のありのままを中継してみることで、なにか別の文脈をつくっていったように印象しました。
 
 「意味の行為」論の筋では、文脈をつくっていく、ということが意味の規定に大きく関わっていると考えてきました。
 ある物事についての「意味」を、いま、ここに至るまでに規定してきた文脈はそのままにしておいて、そこに別の文脈をつくっていってみる。そうすると、ある物事についての理解が違って見えてくる。
 
 「意味」をめぐる議論を、そんな風に考えてきたところです。
 そのことを、改めて実感することのできた事例でした。

 
前に書いた「可愛い」という言葉を、お母さんが素直にかみしめられない理由は何かと考えると、たぶんその一番大きな原因は「障がい児」という名前に向けられた「世間の目」だろうと思います。
 
「障がい」というのは、世の中の人が「普通」に人に期待する「基準」に達することができない、ということを表す言葉です。たとえば大人なら「普通」に歩けるものを、足のない人は歩けません。それは「身体障がい」と名付けられます。
 
小学校中学年にもなれば、だいたいの子どもは「普通」分数の計算ができるようになるのに、練習しても中学生になってもそれができない場合、それは「知的障がい」と名付けられます(もちろんそれ一つだけでは決められないにしても)。
 
始業式でみんなが静かに椅子に座っているときに、音楽が流れてきたらそれに合わせて踊りだしてしまうような場合、それは「注意欠陥多動性障がい」と名付けられます(同じくそれだけでは決まりませんが)。
 
どれも「世間の目にかなわない」ことで「障がい」として扱われることになっています。
 
子どもに障がいがあるといわれ、お母さんたちが突き当たる最も大きな壁は、もしかするとそういう「世間の目」でしょう。もちろん買い物に一緒に行って、油断したとたんにつないだ手を振り切ってどこかへ行ってしまう、とか、急に泣き出してもなぜなのかわからなくて困り果ててしまうとか、そのお子さんとの関係で苦労されることはあります。それも壁の一つであることは間違いありません。
 
でも、たとえば「子どもを外に連れていくと、<奇声>をあげたり、電車の中で騒いだりするので、連れていくことをためらってしまう」というとき、あるいは子どもに障がいがあると言われて姑さんから「親の育て方が悪かったんだ」と非難されるとき、そこに立ちふさがってお母さんを苦しめているのは「世間の目」です。
 
「この子は世間に受け入れられる子ではないのではないか」という思い、それがお母さんを苦しめます。そしていずれそのお母さんの不安や周囲の目を子どもが感じ取って引き受けてしまうことで、やがて子ども自身も苦しんでいきます。
 
お母さん自身も普段は世間の中で一生懸命、その目から大きくは外れないように頑張って生きていらっしゃいますから、ご自分にもその目がしっかり身についています。(このあたりの事情については、浜田寿美男客員研究員が動画「自閉症を考える」の中で、羞恥心を論じられる第8節で議論されています)そのお母さん自身に染み付いた世間の目では、子どもを肯定的に見にくくなってしまうということが起こります。だから子どもを素直に「可愛い」と思ったり言ったりすること、あるいは人からそういわれることを期待することがしにくくなってしまうわけです。
 
そういう世間の目とこどもをいとおしく思う親としての目のはざまで苦しみ、子どもとの無理心中ということが頭をよぎる方も少なくありません。
 
横山さんが言われる「そのあたりで苦悩を抱えて日々を過ごされていたのではないか」ということは、多分その辺りの事情を言われているものと想像しました。
 
けれどもそういう苦しみを抱えたお母さんが、その苦しみを乗り越える時が訪れるように感じています。そのときのことをとてもよく表現しているのが、動画「僕は僕なんだから」のお母さんの言葉だと思います。世間の目で子どもを見る、ということをやめて、その子の意味の世界を共有しようと思われた時です。
 
意味というのはひとつのものがほかのものと切り離されて単独であるときには生まれません。いろいろなものがつながってきて意味が見えてきます。そのつながりが豊かであればあるど、意味の世界は豊かになっていきます。そのつながりの仕組みが、つまりは横山さんが言われる「文脈」でしょう。
 
たとえば世間の目は「障がい」ということを「否定的なこと」という価値観とつなげて意味づけることが多いものです。その文脈の中で子どもを見るとき、お母さんは「可愛い」という意味付けの中で受け取ることがむつかしくなります。
 
また、自閉的な子どものやっていることを「ただ積み木を並べているだけ」で「意味のないこと」と見てしまう文脈では、その子はほんとに「意味のない」世界に生きているようにしか見えない。子どものやっていることに「意味」を感じられないというのはとてもつらいことです。
 
でも、「可愛い!」で書いたように、本当はその子なりの意味の世界がそこに展開されているとも見えるのです。そこに「世間の目」とは違ったもうひとつの文脈があります。
 
横山さんは<障がい観の「発達」>で紹介させていただいたエピソードの中で、お母さんがそういうもう一つの文脈で子どもを見る目を開かれたのだ、ということを指摘してくださいました。本当にその通りだと感じます。
 
さらにもうひとつ大事なことを指摘してくださっているように感じました。新たな文脈がお母さんの目に開かれたのは、決してそのお母さんがもともと持って苦しめられていた文脈を否定するところから生まれたのではなかったということです。
 
それはそれとして世間との関係の中でリアルに残り続ける文脈で、その意味では否定しようもないものです。ただ私が淡々と状況を「実況中継」することで、その文脈と並行して、もう一つの新しい文脈が、お母さんの中に芽吹き始めたのだ、と考えられる。
 
意味の文脈を豊かにすることで、生きることの意味を豊かにしていく。その時にもしかするとそういう展開の仕方は、なにか大事な力を生み出すポイントの一つなのかもしれないと、横山さんのコメントをいただいて考えました。
 
※ ブルーナー(J.Bruner, 1915-2016) アメリカの心理学者で若い頃はニュールックの社会心理学的研究で「知覚の社会性」を論じてみたり、「心」という内的な過程を排除して行動を分析しようとする行動主義心理学に対して、内的過程を問題にする「認知革命」といわれる心理学の流れを主導したり、その後認知革命がコンピューター科学などのプログラミングや計算理論の方向に流れていくと、今度は人間にとっては「意味」こそが大事だと主張して「意味の復権」を書き、ナラティヴ研究やアメリカにおける文化心理学の展開の一端を主導するなど、100年を超える人生の中で常に心理学の最前線を切り開こうとする仕事をした心理学の巨人の一人です。一時はピアジェ(J.Piaget, 1896-1980)と、彼の有名な液量の保存実験(操作的知能の形成を明らかにする重要な実験研究の一つ)をめぐって、論争したりもしていました。知能を論理数学的な情報処理システムの形成過程として分析していたことになじめなかったのかもしれません。

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