はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.11.05

子ども理解のための「実況中継法」

「実況中継法」って、別にそんな方法がどこかにあるわけではありません。私のでっち上げです(笑)

カナータイプの子とのコミュニケーション(2)物の扱い方を見る」の中で、子どもの姿をしっかり見ることの大切さを書いてみましたが、じゃあどうやったらその「見る力」が育つのか、ということです。

それで、R君の時もそうでしたけれど、子どもの状態がわからなくて、どうしていいかわからなくて、とてもつらい思いになっているお母さんに、子どものやっていることを「実況中継」してみると、とても納得されて、子どもへの見方が変わることに気づきました。

また、先日もある療育支援の教室で、お子さんのビデオを見ながら私が実況中継をしてみたのですが、やはりみなさんの見方が深まったように思います。熱心に聞いていらっしゃいました。

実況中継をいきなりやろうとしても、何をどう話していいかわからなくてむつかしいこともあるかもしれません。実際私が実況中継をするときには、それまでの経験や理解を通して、「ここは重要だ」と思えるところ、言ってみれば「見どころ」は特に強調しながら中継をしますが、やはりそれはある程度の「修行」を通してできる部分があるはずです。

けれども、たとえほとんど「素人」の人でも、数人で代わりばんこに中継をしてみたら、それぞれの人の気づくポイントが違うはずですし、お互いに自分が気づかなかったことをほかの人の中継で教えてもらって相当刺激になるはずです。さらにその注目点の違いをお互いに語り合ったりすれば、子ども理解が一層深まることは請け負います!(でも深まらなかったらごめんなさい)

私は大学院生のころから「観察研究」(※)を大事にしてきましたが、そういう研究にとっても一番の出発点は子どものやっていることを丁寧に文字化して記録していくことです。そして記録したことを何度も繰り返し見て、変化の流れをつかんでいくのですね。そしてその変化の意味を考え、さらには理論化していく。臨床的な研究もそういう丁寧な記述がどうしても必要になります。いわゆる「専門の研究者」もそうやって子ども理解を深めていくわけです(違うスタイルの方ももちろんありますが)。

で、そういう方法は別に専門家でなくてもだれでもできるわけです。しかも一人だとちょっと心細くても何人かでやれば「文殊の知恵」になります。絶対面白いはず!(面白くなかったらごめんなさい)

ということで、本日は古くて新しい子ども理解の方法の療育支援応用版、「実況中継法」のご紹介でした。

 

※ 子どもを実験室に呼んで検査や実験をやらせて理解するのではなく、子どもが自然に生きている生活の中で子どもを観察し、その中での子どもの姿を理解しようとする方法です。今では心理学の中でも普通の方法の一つですが、当時は「条件統制がされていない」「記述が記述者の主観に左右されていて客観性がない」「データ(事例)の解釈が数値的な分析にならず、意味解釈になるので主観的で科学的ではない」などの批判が強くて、非常に迫害される感じでした。私が修士論文を観察研究で書いたときには、先輩から「よく観察で書いたな」と驚かれたくらいです(ただし当時の先生の名誉のために一言加えると、意外にも一応その論文はちゃんと評価してもらえました。ご自分の考え方や方法とは全く対立するものですが、やはりその道をそれなりに究めた人は、そこまで狭くはないのだと思えました)。 最初は子どもにはかかわらず、距離を置いて観察するという自然科学的な観察スタイルでしたが、やがて子どもとやり取りしながら、観察記録を取っていくという方法に入り込んでいきました。これは「参与観察」とか「参加観察」と言われるもので、観察「対象」に研究者がかかわってしまうので、さらに客観性がない方法と見られていました。けれども子どもの表面的な「行動」ではなく、その「意味」の世界に入り込んで理解しようとすれば、そういう「関り」はとても大事になります。人間の精神の理解に欠かせない「間主観的な了解」がそこには不可欠だからです。現在の心理学は、そういうものも含めて「なんでもあり」の感じになっていますね(笑)

RSS

コメント欄(コメントは団体会員と個人会員Aの方が可能)

投稿はありません