2020.06.09
変な人たち
音楽が好きな方なら聞いたことがあるかもしれません。ピアニストのグレン・グールドという人がいました。
1955年、22歳の時にバッハの「ゴルドベルグ変奏曲」という曲をデビューレコードで発表し、それまで誰も聞いたことがないバッハを表現して、世界に衝撃を与えた人です。
たしか、自分は曲にヴィタミンを与える、というような言い方もしていたと思うのですが、実際彼の曲を聴くと、バッハにしろモーツァルトにしろ、曲全体で躍動する、というのではなく、音の一つ一つが鍵盤から撥ね飛んで曲を作っていくような、そんな印象もあります(ゴルドベルグ変奏曲の第一変奏を聞いていただくだけでわかると思います)。
私は多くを知りませんが、それでも彼には興味深いエピソードがいろいろあります。
このゴルドベルグ変奏曲を彼は二回録音しています。もう一度は1981年、彼の50年の生涯の最晩年です。もうひとつのCDを出した後、脳卒中で亡くなっています。つまり、デビューと人生のほぼ最後にこの曲の演奏を世に出しているのですが、なにか因縁を感じさせるもので、この変奏曲の構成も、最初にアリアから始まって、その締めくくりの曲も全く同じアリアなのです。アリアに始まってアリアに終わる曲集を、演奏人生の最初とほぼ最後に吹き込んでこの世を去っていったことになります。
基本的に演奏会などは大変苦手だったのか、ほとんど録音で演奏しています。wikiには「演奏の一回性へ疑問を呈し、演奏者と聴衆の平等な関係に志向して、演奏会からの引退を宣言」などとも書いていますし、そういう理由を語っていたのかもしれませんが、もっと素朴に、単に苦手だったんじゃないかなと想像します。
そう思ったのはこんなエピソードを聞いたことがあるからです。ある時の演奏会で、ステージに出てきたグールドはピアノの前の椅子の高さを調整し始めました。けれどもなかなかしっくりこなかったようでまた調整しなおします。彼の演奏を聴こうと静かに待っている会場の人々を前に、彼は20分ほどもその調整をし続けたということでした。
見方によってはこれほど傲慢な姿勢はありません。彼の演奏を聴こうとお金を払って集まったたくさんお客さんを前に、そんな失礼なことをし続けるなんて、人を馬鹿にしているにもほどがある、とも見えるからです。でも彼の演奏は人々に衝撃を与え続け、天才と言われる人でした。そしておそらく彼は別に傲慢だからそうしたのではないと私は感じています。
ハイデッガーという現象学の大哲学者に関するこんなエピソードも思い出しました。彼がヘーゲルのある著書を読みながら、その意味を講義していく授業をしていた時の事。あるところまで読み進めて、彼は突然黙り込み、ハイデッガーの言葉をかたずをのんで聞いていた学生たちを前に、黒板の前を行ったり来たりひたすら20分間考え続け、それからようやく次に進んだとのことでした。
これも傍若無人と言えなくもありません。でも多分そういう話ではないような気がします。
似たような話はほかにもあると思いますし、前回の藤井聡太さんも同じだと思うのですが、彼らにとって「自分が追及している真実」そのものが大事なので、周囲の人がそれをどう見ているかはあまり意味が無かったり、場合によってほとんど気づくことすらなく、ひたすらその「真実」に向き合う時間を過ごしているのだという気がします。
彼らの場合、そこで達成するものが私たち凡人をも感動させるようなレベルのものを生み出す天才として認められているので、そういう姿が周りから受け入れられます。その奇矯にも見える行動も、場合によってその天才を表すポジティヴなエピソードとして感心されることもある。
では自閉的な子が、いわゆる「こだわり行動」を繰り返している時、どうみられるでしょうか?私には彼らも自分の真実、自分の美を追求しているようにも感じられます。それはグールドなどと同じ生き方だとも感じられる。ただ、多くの自閉症児は「天才」ではないから、同じことなのにそう見てもらうことができず、ただ困った行動としてしか見られない。それは、彼らが求めてやまない彼らにとっての真実、美の世界を、こちらが共感する感性を持てないだけの事。ただ単にそういうことなのかなと私は思います。
- 自閉的生き方と「ことば」2
- 自閉的生き方と「ことば」1
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- 「定型文化」と「自閉文化」
- 傷つける悲しみ
- 自閉と定型の「傷つけあい」
- 「社会モデル」から「対話モデル」へ
- 障がいと物語: 意味の世界を重ね合う試み
- 誰もが当事者:わたしごととしての障がい
- 規範意識のズレとこだわり
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