はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2020.09.23

「イライラ虫」と協力的自己コントロール

これも先日綾屋紗月さんたちと話をしていた時に出た話題から思ったことです。

子どもがイライラしてしまっている時、「どうしてイライラしているの?」などと問い詰めたり、「落ち着きなさい」と責めたりしてもあんまり意味がないか逆効果だったりします。興奮が激しい時にはクールダウンさせるために気持ちを落ち着ける場所をクールダウンコーナーとして設けてそこを利用したりするやり方等もしばしば使われていますが、こちらはどちらかというと「あなたが自分で自分の気持ちをコントロールする技を身につけなさい」というタイプのかかわり方ですね。

もうひとつ、子どもを責めるのでもなく、「自分でコントロールしなさい」と頑張らせるのでもなく、言ってみれば「一緒にコントロールする」みたいな方法もあります。

小さな子なら抱きしめてあげる、というのもそのひとつですね。欧米や南米、韓国中国などでは(それ以外は良く知らないので)、大人同士でも抱きしめてあげる、というのは相手を慰めたり感情を共有するときにしばしば用いられる方法です。

ただし日本ではほかの多くの社会と比べれば身体距離がかなり遠いので(もともとソーシャルディスタンシング社会!(笑))、この方法はあまり使えません。その代わり、と言えるのかどうかよくわかりませんが、ちょっと面白い方法があります。

言い方はいろいろ工夫できますけれど、たとえば小さな子だったら、イライラしている子に、「今日は○○君の中でイライラ虫が暴れてるね」などと話を持ち掛けるやり方です。そして「○○君はどうしてイライラしているの?」ではなくて、「イライラ虫君はどうして動き出したのかな?」みたいな話に持っていく。「イライラ虫君に何してあげたら落ち着きそう?」などと展開するのもありでしょう。

こうするとうまくいく場合もあります。

何故なのか、ですが、図を見比べていただくとイメージしやすいかもしれません。

左側は言ってみたらお互いに直接相手と喧嘩している感じです。二人は対立関係になります。ところがそこに「イライラ虫」が挟まると、大人も子どもを責めているのではなく、子どもと一緒にイライラ虫を何とかしようとしている、という協力関係になります。

 

この協力関係の中では、子どもはイメージの中で、自分を責めるのではなく、自分を困らせている「イライラ虫」を何とかしようとするわけですね。そんな風に自分の「イライラ」に対してちょっと距離を置いて対処することができるようになりますし、その時「自分一人で」ではなく、「大人と一緒に」それをなんとかする、という形で「支援」が得られる可能性も見えてくるわけです。

 

ここには「対象化(距離化)」という要素と、「イメージの共有」という要素、そしてそれを元にした「協力関係の形成」という要素が組み合わさって成り立っていることになります。これは記号(言葉やイメージなど)を用いた心理的な活動という、とても人間的な能力が初めて可能にすることです。

共通のイメージを共有することで、他者と協力し合いながら自己コントロールをする、ということがこれで可能になる訳ですね。

 

この心理的な仕組みは実に多くの社会的場面で人間が活用しています。発達障がいについて、大人になってから診断名がつくことでようやくそれまでの自分の苦労がわかったと感じて救われたような思いになる方が少なくないですが、それも実は同じ心理的な仕組みによると考えられます。

上手なしかり方は相手の人格を責めるのではなく、うまくできなかった「こと」を問題にするようなやり方、たとえば努力の不足とか、注意の不足、工夫の不足などを問題として考えることだとも言いますが、これも同じですね。人格を責めたら全否定ですから、単に相手がしんどくなるだけか、あるいは激しく反発するだけに終わります。「こと」であれば一緒に考えることが可能になります。

 

このことが障がいがもたらす困難への対処は、「その子をどうにかする」ことではなく、「その子と一緒に工夫する」ことだ、という考え方の基本でもあります。

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  1. 081 西部 湖西校 081 西部 湖西校

    cf
    言い方はいろいろ工夫できますけれど、たとえば小さな子だったら、イライラしている子に、「今日は○○君の中でイライラ虫が暴れてるね」などと話を持ち掛けるやり方です。そして「○○君はどうしてイライラしているの?」ではなくて、「イライラ虫君はどうして動き出したのかな?」みたいな話に持っていく。「イライラ虫君に何してあげたら落ち着きそう?」などと展開するのもありでしょう。

    → 問題の外在化など、ナラティブセラピーなどで使っていますね。
    自分自身の問題(内在化)としてではなく、切り離すことで、精神的な負担がなくなり、
    ともに解決を目指すことが出来る点で、優れていますね。
    家族療法・ブリーフセラピーなどでよく使われますね。

  2. labo labo

    コメントありがとうございます。

    はい、「問題を外在化して共有化する」ということの大切さですよね。
    一緒に問題を解決していこうね、という「仲間」として並び合う関係ができることがとても大きいのだと思います。

    ちょっと面白いなと思うのは、間主観的な関係の発達はやはり、「見つめあう二者関係」から「並び合って対象の認識を共有する三項関係(JA)」へと進んでいくということです。お互いの世界が共有され、関係調整が展開していくうえで、この、二者(二項)から三項へという展開はいろんなレベル、いろんな領域で普遍的に重要な問題なのだろうと思いますし、我田引水でいえば、さらにこの三項関係から三極構造(自他の関係を第三者が調整するような相互作用の構造)への展開が人間にとっては決定的な重要性を持つのだと考えています。

    この例でいえば、「イライラ虫」について「どんなふうに(どういう方向に向かって)対処したらいいんだろう」という価値的な基準を与えるのがこの三極構造ということになるのですが、これはその次の問題ですね。

    またいろいろコメントをお寄せください。