2020.11.18
重度身障者の言語発達
今日も「みんなの大学校」での発達心理学の講義がありました。
重度身障者の岩村和斗さんも毎回参加してくれていて、以前書いたように最初は「なにかが伝わっているのだろうか?」と言うレベルでわからなかった状態から出発して、その日のうちに「通じる!」という感覚が生まれ、その後もパソコン入力を介して「どんな鳥が好きですか」といった簡単なコミュニケーションが展開していました。
そのうち、この2回ほどは講義の内容に関する簡単な質問ももらえるようになり、たとえばピアジェの液量保存の課題を使った今日の発達段階の説明では、なぜ5歳児が保存課題を理解できないのかをものすごく考えられたようで、一応私の方でピアジェ的な説明は丁寧にしたあとでもまた「どうしてわからないんですか?」という問いを発してくれていました。
彼なりにほんとに「なぜなんだろう!」という強い疑問が生まれて、繰り返し問わずにはいられなかったのだろうと感じました。
先日綾屋紗月さんから「発達障碍のある人と共に育ちあう:「あなた」と「私」の生涯発達と当事者の視点」(大倉得史・勝浦眞仁編:金芳堂2020)を送っていただいたのですが、発達や障がいを「当事者の視点」から見ることの重要性がようやくいろいろな形で広まって形になり始めているように思います。(※)
そうやって「当事者の視点」から問題を考えていくことは、さらに「発達には複数の道筋がある」という考え方にも接続していきます。単純に私の視点(第三者の視点も含め)で相手の人を理解してはならないという大事なポイントが、一つの発達の道筋で人間を理解してしまわないことにもつながるからです。
その点で岩村和斗さんとのやりとりは本当に刺激的です。なぜって、教科書的な言語発達の話では、和斗さんがどうやって言葉を話せるようになったかはほとんど謎だと言えるからです。少し理屈っぽく言うと、言語発達はお互いの志向的な関係を記号媒介的に構造化する中で成立する、と考えられるわけですが、「相手の目を見る」「相手が見たものを見る」「指差しで相手の注意を促す」「相手の指差しで相手の注意対象を理解する」「音声を用いて特定の対象を指示する(一語文)」といった志向性の構造化の行動のうち、身体からくる制約があるので、彼が比較的楽に行えるのは最初のものだけ、あるいはせいぜいが2番目も多少できるというところにとどまり、3つ目以降は全く利用不可能だからです。
同時に受講されているお父さんの話では、前回の講義の後もいろいろ考えられていたようで、その中で「11歳のころに言葉ができるようになった」という意味のことも思い出したか何かで言われていたようでした。
そういうお話を聞いていると、何か和斗さんの知的好奇心が急速に活性化してきたような印象を受けています。私にとってもとてもうれしく楽しいことです。
ではほぼ寝たきりの状態で、せいぜい視線を交わすことで意思疎通を図ることにコミュニケーションの場が限られていた彼が、いったいどうやって言葉を理解していったのか。またそれをどうやってパソコンを使いながら表現できるようになって一体のか。ものすごく興味深いことです。発達心理学的に考えても謎の山、研究上の宝の山(というと和斗さんにはちょっと申し訳ない言い方ですが)とも言えることになります。
ということで、和斗さんとお父さんには、この講義が終了するまでに、「和斗さんがいつ頃どういう風に言葉を理解し、使えるようになってきたのか」についてレポートに作成してくださいとお願いしました。言語発達とは一体何なのか、について和斗さんとお父さんと私とで研究していくことで、なにか面白いことが見え始める予感がします。これもまた当事者(を含めた)研究の一つの形ですね。
※ 編者の大倉さんは修士論文で友人との丁寧な語り合いからアイデンティティーの問題を分析していくといった研究をされた方で、お師匠さんは現象学的な視点を重視した議論を展開されてきた鯨岡俊さんで、やはり大倉さんも外部の視点で人間を理解するのではなく、「語り合いの当事者」の視点から人間を理解しようとされている方です。
供述分析の分野でも鑑定書を書いたりかかわりを持たれていて、この面でも私も関連する研究会で大倉さんとご一緒することがあったり結構接点のあるんですが、供述分析については客員研究員の浜田寿美男さんが切り開いてきた分析手法の基本視点である「渦中の心理学」の議論も「体験者の視点」を基軸に据えた分析で通じるところがあります。
「他人」の立場で分析するのではなく、その場を生きる人間の在り方を語り合いの中で明らかにしていく「当事者の視点」重視の議論、実践、研究がこういう形でも広がりを見せていることを感じます。
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