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はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

    ブログ総目次(リンク)はこちらからご覧いただけます。

2019.11.28

グループによる事例の質的な分析法

事例研修のやり方についてはいろいろなパターンがあるだろうと思います。

たとえば「専門家」を講師として呼んで、スタッフが発表する事例についてコメントをもらう、というやり方もあるでしょうし、特に、専門家にこだわらずスタッフが集まってみんなで議論するというやり方もあります。

私がアドバイザーとして参加する場合は、だいたい次のような流れで行ってきました。

1.事例の担当者がその事例について細かく説明をする
2.参加者(および山本)が事例理解に必要な質問を行う
3.担当者から議論してほしいポイントを提案し、山本が調整する
4.数人のグループでその内容について話し合い、提案者は各グループを回って聞かれたら子どもについてさらに説明する
5.各グループで出た意見を発表する(統一見解である必要はない)
6.山本が全体の議論をまとめてコメントする

このグループでの討議を私はとても重視しています。なぜなら「いろんな角度からの意見」を出し合うことがとても重要と考えているからです。

もしかすると、経験も専門的な知識も決して十分とは言えない人が話し合って、それでちゃんとした事例検討ができるのか?といぶかる人もあるかもしれません。それより経験と知識のある専門家が事例の説明を聞いて「正しい判断」を行い、「正しい支援の方針」を決めるのが当然ではないか、と考えられる方もあるかもしれません。

けれども、専門家ひとりの意見より、たくさんの方たちの多面的な意見で子どもを立体的にみた方が力になることば少なくありません。なぜなら「専門家」というのは往々にして、一つの特殊な角度からしか見られないことが多いのですが、子どもの生きている姿の全体を理解して支援するには、たくさんの角度から検討する方がもっと大事だからです。

実際、私が研修を行うときは、グループ発表で出される意見にはいつもたくさんのことを学ばされています。そこでの私の役割は、そういったたくさんの見方に触発されながら、私の持つ専門的な知識(発達の見方や人の心理的葛藤についての知識など)を応用して、それらを整理し、ポイントをより明確にしていくことくらいです。そのベースはあくまでみなさんから出てくる意見です。

そういうスタンスの上での話ですが、さらにこのことを一歩進めて、スタッフのみなさんの議論から、「発達的な見方」による子ども理解をこちらが提供しなくても自分たちで発見できるような力の養成の必要を感じていました。その点について「専門家」に頼るのではなく、自分たち自身でしっかりアセスメントし、理解する力を現場に根差して育てることです。

そこで最近試行し始めた方法として次のようなものがあります。

準備するもの:A2程度の裏白紙。数色のペンや色鉛筆などの筆記具。
グループ分け:3人一組くらいがやりやすそう

1.事例の担当者がその事例について資料を基に細かく説明をする
2.参加者(および山本)が事例理解に必要な質問を行う
3.資料に掲載された支援記録について、分析ポイントを複数定める(たとえば「要求表現」など)
4.グループに分かれ、分析するポイントを選択し、資料からそのポイントに関係する子どもの記録を選びだす

5.裏白紙の上部に月の名前を順に書いていく(2月 3月 4月……)
6.該当する月のところに4.で選択された項目を書き記す
7.書かれた項目の中で、関連する項目を線でつないでいく(色別でもよい)
8.各グループから図の説明をしてもらう

このやり方のポイントは以下のようなことです。

1.診断名などで子どもの状態を外から決めつけるのではなく、子ども自身の行動からその子を理解する視点を持つ
2.ばらばらに見ていてはわからない、その子の中での「変化」を図にすることで視覚的に把握しやすくし、「流れの中で子どもを理解する」力を養う
3.たくさんある支援記録のそれぞれの項目が、発達の中でどういう意味を持つのかについて、グループ内で討議することで理解が深まる

実際、このやり方で図を描いてもらう作業をすると、資料の読み込みがかなり深まっていくようです。そしてそれを書く中で、ざっと見ていてはわからない、その子の中の「流れ」がはっきりと感じ取れるようになっていきます。そしてそれらのグループの分析の結果をそれぞれ説明してもらうと、お互いの見た流れがさらに重なり合って、より立体的にリアルに子どもの姿が見えてきます。

この「立体的に」ということと「流れ(動き)の中で」という二つのポイントは、子どもをひとりの生きた主体として理解するうえで決して欠かすことのできないものです。

なぜなら、この流れの中にこそ、子ども自身の葛藤の動き方や、その子なりに頑張っている模索の過程が見えてくるからです。そこからその子の「転換点」も見えてきますが、その時期がまた子どもの置かれていた環境の変化に対応していることもあります。環境とこどもの発達の関係もそこから良く見えてくるわけですが、そうすると、「ではこの子にはどういう支援が大事なのか」という具体的な見通しも立つようになります。

まだやり始めたところで、これからさらに工夫を重ねていく予定ですが、今のところかなり期待できそうです。

実はこの方法、発達障がい児理解のためのグループ討議への展開ということを除けば、別に私個人の発明というわけではありません。たんに心理学的な質的分析の応用です。

発達心理学でも、子どもの事例研究をするとき、時間の流れに沿って、その時々の観察データを同じように並べて書き記していく、という方法がかなり重要なツールとしてあります。そうやって図を書いていく中で、上の例と同じように、ただ記録を漫然と見るだけでは気づきにくいその子の発達の姿が浮かび上がってくるのです。

浜田寿美男さんが供述分析の作業を始めたときにまず取り掛かったのもこの方法です。取り調べの回ごとに調書に書かれたことを整理して図に書き込み、その変化を分析していくことで、いつどのようなことが語られ、どこでどのように変遷しているかが見えてきます。そこから「調書が作られた経緯」が浮かび上がってくるのです。

いずれの場合も、その人(子ども)をひとりの主体として、その主体的な動きを理解するために大事な方法です。それはある一点だけ取り出して「こんなことに困っている」「こういうことが下手だ」といった固定的な評価だけで子どもを見てしまう誤りを避けるためにも重要です。

そういう固定的な見方では「その子なりに努力しながら」生きている主体的な姿が見えてきにくいからです。主体的な姿が見えてこないと、子どもは単に大人の都合に合わせて「操作」する「対象」にしか見えなくなります。それでは子どもが自分なりに自分らしく生きていく姿を応援することは困難です。

その子がその子として生きていく姿をしっかりと質的にアセスメントし、それを支える支援を行うための、一般のスタッフにもある程度可能な事例分析法として、このやりかたをさらに深めていきたいと思っています。

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