はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2020.01.19

自己肯定と誇り

僕は僕なんだから(今は「俺は俺なんだから」かな)」のA君が、自らの決意でお母さんを離れた独り暮らしの道を決意し、実行し始めたという画期的な展開があったのですが、それはA君の中に「人としての誇り」が自覚され始めたからだろうと思いました。

「僕は僕」という主張は言い換えれば「自分は自分として生きるんだ」という主張でもあります。彼が彼として頑張って生きることを必死で支えようとしたお母さんの応援の中で、彼はお母さんの応援の「中身」が自分とは合わないことを感じられるまでに成長し、自分は自分のやり方で、自分なりに生きていきたいんだと訴えた。

その事にわたしは感動しましたが、その彼の思いを受け止め、全面的に肯定したお母さんも本当にすごいと思いました。

その後、小学校では未だに思い出したくもない嫌な思い出として彼の中に残り続けているらしい、辛いいじめの時期をすごし、その後支援校の先生にも応援されながら、動画にあるように現在の職場での就労への挑戦を決意しています。

「僕はゆっくりなんだから」という彼の言葉にもあるように、彼は自分がほかの同級生等とは違いがあることを自覚しています。

その違いを一般社会では「遅れ」とか「能力のなさ」と評価します。でも彼の「ゆっくり」はそういう意味ではない。彼が彼らしく生きる、自分としての「生き方」として表現しているのだと私は感じます。それはひとの優劣を「能力」で判断するタイプの世間の評価とは違い、自分のありのままを見つめ、それを自分なりに受け止め、肯定する言葉です。

彼がそのように自分を肯定できたのは、お母さんを始め周囲の皆さんが彼を肯定し続けたからでしょう。自己肯定は人に支えられてこそ可能になります(※)。

A君はそのように、人々に支えられつつしっかりと自己肯定感を育て、そして自分の足で前に一歩ずつ歩みを進めてきました。そしてそこで一つ一つ「自分の意思で」新な世界に挑戦する覚悟を育てていったのでしょう。

「僕は僕なりに、自分の力で次の一歩を踏み出せるんだ」という自分を信頼した新たな挑戦への思い、それを「人としての誇り」と言うこともできるのではないかと私は思います。その思いが、「『僕は僕なんだから』のその後」に書いたように、彼なりのこれまで頑張ってきた姿をみんなに動画で見てもらう経験で次のステップに進んだことを表しているのが、「生活の自立」への宣言だったのでしょう。

こういう「人間としての大事な成長」の道筋について、発達障がいであろうが定型発達だろうが何も変わることがない。「社会性の障がい」といった形で表現されることが多く、実際定型発達者との間にどうしても困難が生まれやすい自閉系のみなさんでも、そこは「人として」全く変わらないのです。そのことを、私はこのA君の生きざまから、またひとつ深く確信できるようになりました。

自己肯定感を育み、そして前むきに自分の力で生きていく誇りを育てる。それが「人として」の発達(形ばかりになって内容を見失いがちな「知能」の発達ではなく)にとってとても大事なことなのだとすれば、そのように発達しようとする子どもを応援していくこと。それこそが発達障がい児への支援の基本なのだろうと思います。
 
 
 

※ ですから誰にも肯定されない苦しさに深刻に悩んだ方の中には、神に肯定される形で初めて生きる力を得たように感じるかたもあるように思いますし、あるいは自然の中にいる自分に気づいて、その中に肯定されて生きている自分を感じ、それに支えられるかたもあります。ナチスの強制収容所(ユダヤ人を絶滅させようとした施設)での体験を綴った、フランクルの「夜と霧」の中には、間もなくガス室送りになる運命の若い女性が、そのように人間としての尊厳や命を否定されるという厳しい状況の中で、「樹」と対話し、樹に肯定され支えられるように自分の永遠の命を感じとるエピソードが語られています。

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