はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2020.07.29

つながりの質と豊かさ

 客員研究員の榊原洋一先生が所長をされているChild Research Net(CRN)の企画運営委員会で、私も委員をさせていただいているのですが、先日の会議では、現在のパンデミック状況の中での子どものwell being(※)をどう確保していくのか、といったことが議論の中心でした。

 全体を通して興味深かったことのひとつは、ネットを介した様々な展開について、ポジティヴな面を考えていこうとする姿勢からの議論が多かったことです。この会議もzoomで行われましたし、もともと海外との連携などもネットをフルに活用しながら日々仕事を展開されている人たちなので、当然と言えなくもないですが、今の困難な状況の中で、むしろそこにみなさんが今後の新しい展開への芽を感じられていることはとても頼もしく感じます。

 私も「遠隔支援」についての現場のスタッフの皆さんのさまざまな経験や保護者のみなさんを対象とした私たちの調査から、遠隔支援がそれまでの対面支援とは異なり、「家族とつながり」の中で支援が展開されるという新しい要素が生まれていることなどを紹介したりしていました。

 インターネットを使ったつながりは、ひとつには「関係が希薄になっていく」という印象を持たれがちですが、実際には対面支援とは異なる新しいコミュニケーションの形を作り上げていきますし、さらにそこでリアルとバーチャルの関係が変化するだけではなく、リアルなもの同士の関係も変わっていくわけです。この「家族とのつながり」もそういうものです。

 つまり、支援者と子どもとの間はネットというツールで「間接的」なものになり、その意味でリアルな関係から少しバーチャルな関係に移るわけですが、逆にそのような支援の形が、支援の場への家族の参加をもたらすことがあり、そうするとそういう家族間のリアルな関係を変化させていくきっかけにもなっているのです。

 またもうひとつ、みなさんの話の中でとても印象的だったことは、「格差」の問題を考えるうえで、経済的な指標からのみ考えることは誤っている、という議論やそれを裏付けるデータがいくつも出始めているという意見が複数の方たちから語られたということでした。

 たとえばある方が、非行化する少年は貧困が問題なのではなく、親子関係で非常に過酷な経験をしているかどうかが大きいという話をされました。すると、貧困が不幸につながるという見方が誤っているという調査データがほかの方たちからもいくつか紹介されて、みなさんの興味をひいていました。実際、DVもまた世代間で連鎖していくことが報道される事例などでも見えてきますし、同様の事は臨床心理学の方でも昔から注目されていて、親との関係で作られた問題を、今度は子どもが自分の子どもとの間で再現していく、世代をまたいだ「因果応報」のような連鎖が見られることを、私もカウンセリング実習の授業などで聞いて興味を持っていました。

 また、これも以前報道で読んだことがあるのですが、老後の幸福感は経済的な豊かさによって決まるのではなく、老後に周囲の人たちとどれだけつながりを持て、その中で自分自身がそれなりの参加ができているかが効いている、というような話でした。

 生存を脅かすような厳しい貧困は、当然幸福にも否定的な意味を持ちやすいわけですが、幸福観、自己肯定感をどれだけ持てるのか、ということは経済的な貧困とはある意味関係ないわけです。お金持ちでも不幸な人は不幸ですし、貧しくても幸福な人は幸福です。GDPで幸せが図れるわけではありません。

 そういった議論を聞いて、「今問われているのはつながりの質なんだ」という感想を持ちました。

 今、公開講座第二回の「当事者が語る発達支援:当事者の視点から考えるこれからの支援のあり方」で行った、当事者の方へのインタビューの編集を行っているのですが、その中でも周囲との葛藤でずっと悩んでこられた方が、知的障がい者とのかかわりで自分が全面的に受け入れられる体験をしたことで、今度は自分が自分を肯定的に受け入れられるようになった、というお話もあります。

 異質なもの同士がお互いを受け入れあう、ということは決して簡単なことではないし、単なる上っ面のきれいごとで済むことではない、ということもまた別の方から語られていますが、それでもやはり結局のところは人に受け入れられ、そして自分自身を受け入れることができる関係がそこにどこまで育っているか、ということが人の幸福に大きな作用をしていると考えられます。

 手塚治虫の「シュリ」という大河小説のような漫画で、主人公とその妻がさまざまな動乱を経て、お互いの音信も知ることができない状況で遠く離れて生きていくことになるのですが、妻がそれでも確かなつながりを夫との間に感じ取っている、というラストシーンが思い出されます。

 幸せはつながりの中で生まれる。そしてつながりの豊かさは、決してその人個人が持つ経済的な豊かさによって決定されるのでもなく、またいわゆる「知能」のような個人の「能力」によって決まるのでもなく、お互いを受け入れあい、自分を受け入れることのできる「つながりの質」によって決まる。そう考えることが出来そうです。そしてその「つながり」は決して物理的に近くにいるかどうかの問題ではない。

 「遠隔支援」もそういう「つながり方」の一つなのですね。問題は対面か遠隔か、ではなく、そこで作られる「つながりの質」なのだということになるのでしょう。
 
 
※ 幸福・健康、あるいは時に福祉などとも訳されるが、ぴったりした日本語訳がまだ定着していないようです。

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