はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2019.10.18

文化としての手話のはなし(2)発達障がいとのつながり

 
 
 彼女は手話を学び身につけることでこう感じたのだそうです。口話は彼女にとって無理に身に付けたもので、上に書いたように、聞くときにも話すときにも、それが本当に正解なのかを自分で判断することが出来ません。会話の時は常に緊張してじっと相手の唇の動きを見つめ続けなければならない。そして常に相手から「間違っている」と言われないかを気にし続けなければならないのです。
   
自分の振舞い(口話)が正しいか正しくないかを自分では判断できず、常に人の判断を気にしてそれに従わなければならない、という状態は、言ってみれば一挙手一投足を常に他人に監視され、それに縛り付けられているようなものですから、そういう会話で心休まるのはむつかしい、ということは容易に想像できます。
   
そういう状態で、自分の言いたいことがちゃんと伝わるのかも、相手の言うことがちゃんと理解できるかもわからずに、無理やり口話で話をしなければならないとすれば、それを母語と感じることが難しかったのでしょう。
   
ところが手話は全く違いました。相手の言いたいことは手の動きではっきりわかります。自分の言いたいこともはっきり伝えられます。そして手話は表情も含めてお互いに豊かに感情を伝え合うことのできる言葉です。手話では口話を使うときのような不安もなく、ほんとうにお互いに通じ合う手段と感じられたのでしょう。そうやって生まれて初めて心休まる会話の手段を手に入れたのだとすれば、それが彼女にとっての母語と感じられたとしても不思議はありません。 
   
   
さて、この口話を苦労して習得する過程、そうやってなんとか習得した口話を使って人と会話することの苦しさの話を読まれて、どう感じられたでしょうか?私にはこの彼女の苦しみが、多くの発達障がいの方たちがかかえる苦しさにそのまま重なって見えるのです。
   
例えばアスペルガーの方たちは、定型から「こういうときはこう振る舞いなさい」と教えられても、なぜそうしなければならないのかが分からなかったり、納得できない、ということが良くあります。わからないけどそうしないと怒られるのでなんとか形だけそう振る舞ってはみるけど、自分ではちゃんと教えられた通りにやったつもりなのにまた間違っていると怒られることも多い。
   
今療育支援で盛んに使われる、プリントを使ったSST(対人技術訓練)が実際場面でうまくいかないことがよくあるのは、多くの場合そのためと考えられます。プリントで与えられた選択肢のどれが正解かは覚えてしまうので正解できるのですが、何でそれが正解になるのかがまるでピンと来ない。だから実際のより複雑な場面では応用がきかなくなるのです。
  
大内さんのエッセイで、先生から怒られるとき、目を見ないと怒られるので目を見ていたが、何を怒られているのか全く意味不明だったので、ただ小言が続く間、先生の瞬きを数えてごまかしていたといったエピソード等もそれに類するものでしょう。
  
あるいは定型が割合感動しやすい話に、なぜそれに感動するのかがわからない、ということも頻繁に起こります。そして「感動するよね!」と同意を求められて、正直に「別に」と言うとみんなから非難されるという体験を繰り返し、仕方なく曖昧にごまかすすべを身に付けても、それはほんとうにそう思ったからではなく、嘘なのです。(同じようなエピソードは北村さんの「アンフェアを生きる」④ マイノリティと嘘をご覧ください。)
 
そうやって自分には訳のわからない基準を無理やり押し付けられ、見よう見まねでやってみても、それが正しいのかどうかは自分では判断できず、常に回りの人の反応で考えるしかない状態です。「正しいこと」は常に自分のなかにはなく、自分には外から強制される形でしかないのですから、そういう状態では自分を主体として自分らしく生きることなどできるはずがありません。
 
このパターン、口話を強制され、手話を禁じられた聴覚障がい者と全く同じではないでしょうか?
 
 
聾学校でも手話が禁じられる時代があったのですが、それは世の中に出たら手話は通じないから、という「教育上の配慮」からでした。どんなに苦しくても厳しい世の中で生きていくには健聴者に合わせなければならないと信じられ、それを聴覚障がい者に求めることが正しい配慮、真の愛情だと考えられたのです。
 
私はそういう愛情のあり方を全否定する気持ちはないのですが、ただそれが一面的な愛であることに気づかれないまま無条件に肯定されることを畏れます。その愛は当事者にとっては自分が自分らしく生きることを否定するものでありうる、という、もうひとつのとても大事な真実が見失われてしまったとき、健聴者の「善意」は当事者にとっては単に一方的な暴力にもなってしまうからです。
  
そのような一面的な「外から与えられた善意」に対して、聴覚障がいの皆さんはやがて自分達は健聴者とは異なる文化を作って生きているのだ、という自覚を持たれるようになったようです。そして手話はその文化を支える大事な手段と考えられていったのです。
 
私は手話ができないので聞いた話の理解でしかありませんが、手話で伝えられるものと口話で伝えられるものは同じではありません。手話で人と共有される世界は、口話によるそれでは置き換えられないようなのです。日本手話(※)は日本語の音を手の動きに置き換えたものだ、という単純な理解は成り立ちません。文法も異なります。手話と口話と言うそれぞれ性質の違う言葉がそれぞれに性質の違うコミュニケーションの世界を作っている。つまりは異なる文化がそこに生み出されているのです。
 
だとすれば手話を奪うことはその人たちにとって馴染める、安らげる自分の文化を奪われることです。自分が手話という母語を使って自分らしく生きることを否定され、安らげない借り物の言葉である口話のみを強要されることです。そういう生きづらさへの違和感が、聾文化、という考え方を生んだのだろうと思います。
 
 
同じことが、これから発達障がい者と定型発達者の間に起こっていくでしょう。発達障がい者は劣った定型発達者ではなく、定型発達者とは異なる個性を持ち、その個性に合った異なる生き方を模索しながら、自分達にとって生きやすい文化を作り上げていく権利を持っている、そんな考え方がだんだんと広がっていくのだろうと思います。
 
そして聴覚障がい者と健聴者が異なる文化を持ちながら共生する関係に進んでいるように、定型発達者と発達障がい者も、それぞれの特性に合った文化を作り、それをお互いに尊重しながら共生する関係に進んでいくことが、これからの課題なのだろうと思います。これからの発達障がい支援もそのような視点で考えていくことが不可欠になっていくでしょう。
 
  
※ 手話は国によって異なります。また日本の中でも、地域など小さなコミュニティが異なると違いがあるようです(方言のようなもの)。

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