はつけんラボ(研究所)

所長ブログ

  • 所長ブログでは、発達障がいをできるだけ日常の体験に近いところからあまり専門用語を使わないで改めて考え直す、というスタンスで、いろんな角度から考えてみたいと思います。「障がいという条件を抱えて周囲の人々と共に生きる」とはどういうことか、その視点から見て「支援」とは何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

2021.01.29

「障がい」には意味がある?

ナショナルジオグラフィック日本版に面白いインタビューが載っています。「研究室に行ってみた。東京大学 色覚の進化 河村正二」の、今回取り上げたいのは第6回「「正常色覚」が本当に有利なのか」です。

色覚検査を受けた経験のある方ならわかると思いますが、赤系統の色と緑系統の色を区別できるかどうかを調べるもので、大雑把に言って男性の5%程度(※)はこの区別ができないということで色覚「異常」の一種、「赤緑色盲」と呼ばれたりします。

赤と緑が区別しにくいと言う事になると、とっさに見た信号の見間違いなども起こりやすくなるので、生活上に支障が起こることがあります。ということで一種の障がいの扱いになる訳ですが、問題はなんで5%程度と言うかなりの頻度で発生するかです。

5%は少ないと感じられるかもしれませんが、発達障がいと見なされるこの比率はいろいろな推計値がありますが、5~10%位と言われたりしますので、それに近いですね。また人間に一番近い動物とされるチンパンジーでは0.6%、マカク(ニホンザルやヤクザル、カニクイザルなどが属する)では0.4%程度、もう少し遠い霊長類のテナガザルだとゼロだそうです。

ちなみに大部分の哺乳類はもともと「赤緑色盲」状態らしく(※※)、その後霊長類になって赤と緑が区別されるようになります。森にすむようになった霊長類が木の実が赤く熟したものと緑のものとを区別する必要があって、とか、遠くから赤い実を緑の葉っぱの中から見つけられやすいように、といった働きに結び付けられて考えられているようです。

そうだとすると、もともとチンパンジーと祖先が同じ人間で5%もの割合で「赤緑色盲」が復活するのは、食糧確保に不利な面があるように思えますし、ちょっと考えると理屈に合いませんよね。

ところが河村正二さんがこの疑問に答えられそうなとても面白い研究結果をオマキザルやクモザルと言う、霊長類の仲間では私たちとはだいぶ遠い新世界ザル(広鼻猿類)を調べることで発見しているのです。

たしかに遠くにあって緑の葉っぱの中に埋まっている赤い実を見つけるには赤緑色盲でない方がいいと思えるのですが、近づいて食べられる実を探す段階になると、色よりも匂いなどが大事な手掛かりになったり、あるいはクモザルだと色の違いよりも輝度(明るさ)の違いでかなりはっきり区別できるらしいと言う事がわかってきます。つまり赤緑色盲(正確には二色型)は極端に不利なものではないというわけです。

それにとどまらず、昆虫を見つけて食べるには、むしろ赤緑色盲の方が逆に有利だというちょっとびっくりするようなデータも出てくるのですね。昆虫の多くは周囲の色に溶け込むような微妙な体の色(カモフラージュ)をしていたりしますから、色で見つけるよりも輝度で区別する方が見つけやすいらしいのです。ある意味色の違いにとらわれず、輝度の違いで形を見分ける力が優れているということでしょうか。色の見分けがつきにくい薄暗い森の奥などでは特にその差がはっきりと出てきます。

では人間ではなぜチンパンジーなどの近縁種とは別れて赤緑色盲が増えたのか、ということについて、河村さんの現在の考えは次のようなものだと言う事です。人間は森を出てサバンナに暮らすようになったわけですが、そこでえさになる動物も、それを襲う肉食獣も周囲と区別がつきにくいようなカモフラージュがかかっているので、クモザルが周囲の環境からカモフラージュしている昆虫を見分けるときに使うような目の仕組みがむしろ有利な場合がでてくるのではないかということです。
 
 
それで、ここから先は私が思うことですが、ではなぜ人間は他の哺乳類のようにみんなが赤緑色盲(二色型)に戻ってしまわないのかということですね。それはもちろん、人間はいろんな環境(明るいところ、暗いところ)で、いろんな食べ物(動物も植物も)を食べているからで、いろんなタイプの人がいた方がいいからです。

しかもここで大事なことは、人間が集団で狩りや食物採集を行うということです。ですから、その集団の中に背景に紛れて紛らわしい獲物や自分たちを襲ってくる肉食獣をすばやく見分ける力がある人がいれば、その人がほかの集団のみんなに教えてくれるので、その力がない人も獲物を獲得したり危険から逃れたりできます。また熟れた実を見つけやすい人が入れば、その人についていけばおいしい食料にたどり着けるのです。

これは集団の中にいろんな才能を持った人がいることで、その集団全体が利益を得る、という仕組みからくることです。

インタビュアーの川端裕人さんが、話を聞き終えてこんなことを書かれています。

「「2色型や明確な変異3色型」というのは、今の医学の言葉では「色覚異常」とされる。しかし河村さんの研究の上に立って見渡すと、実はヒトの集団が持っているのは「異常」ではなく、「多型」なのだ。」

 
以前から私も強調していることですが、安定して数パーセントも発生する特性は、その集団が生き残るうえでなにか大事な働きをしているからだと考えられます。発達障がいという特性も、きっとそういう側面を大事な要素として持っているのです。激しく変化する環境に柔軟に適応できるには、可能な限りいろんな可能性を集団内部に保っている方が有利です。生物学的には「多型」であること、社会的には「多様」であることの大事さがそこにあります。そういうことを考えていくうえで、またひとつ関連する生物学的な事実が見えてきました。
 
 
※ 男性の方が多いのは、この色覚に関する劣勢遺伝子が性染色体のX染色体上にあるため、X染色体が二本ある女性の場合はどちらかに優勢遺伝子があれば赤緑色盲にはならず、男性は一本しかないX染色体に劣性遺伝子があることで、赤緑色盲となるためです。
※※ さらに言うと、実は哺乳類以前はもっとたくさんの色が見える仕組みになっているのに、哺乳類では多分誕生したころに夜行性の動物だったことから、いったんそうなってしまい、その後森林を住みかとする霊長類になって再び赤と緑を区別できるような仕組みが復活したと考えられるそうです。

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